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014 砦での一夜
しおりを挟む中立地帯を抜ける頃になると、北からの風がグッと冷たくなった。
モコモコの上着にモコモコの下衣まで加わり、わたしはいっそうモコモコになった。
使節団が進むほどに、クンロンの山々がどんどんと近づいてくる。
白銀きらめく彼方の威容が、まるで世界を分断する壁のようにわたしの目には映る。
荒地を抜けて到達したのは、パオプ国側の国境の砦バイスーダ。
ユモ国側の城郭都市ホワメンとはうってかわって、静かな佇まい。
それもそのはず。商隊などの一般人は、もっと賑わっているちがう場所を抜けてパオプへと入国するんだとか。
こっちは急ぎの上級者用の道。もしくは軍用。
砦には宿泊施設もあり、わたしたちはひさしぶりに屋内にて夜を過ごすことになる。
軍用の建物なので、快適さよりも機能性重視。
だからきっと、なかは男くさい汗とナゾの酸えたニオイと溜まった洗濯物だらけなのかと思いきや、これがまるでちがった。
まず、とってもキレイ。掃除と整理整頓が行き届いている。
そしてメシがウマい。
広い食堂にてみんなそろって、ワイワイにぎやかに食べるのだけれども、大きなお鍋で大量の具材をグツグツ煮込んだり、炒めたりする豪快な調理法にて、家庭とはまたちがった味わいの料理となっている。ちょっぴり塩気が強いのは、兵士たちが訓練で適度に汗を流すせいだろう。
小麦粉を練って薄く焼きあげたペチャもウマい。
各々が好みの具材を挟んで食べるというのも楽しい。
思うさまに夕餉をたんのうしたら、さらにわたしを驚かせることが待っていた。
なんと! ここには温泉なるものがあったのである。
地面の下深くから湯が湧いてくるという話は、里の学び舎の授業で神父さまより習って知っていた。けれども実物を目にするのは初めて。どおりで野郎どもがみんなお肌ぴちぴちで小ギレイにしているはずだよ。
シルラさんに連れられ入浴してみたが、これがなんともいえぬ夢心地。
少しヌルっとして肌にまとわりつくお湯に「ぼへえ」と肩まで浸かっていれば、体中の筋肉の凝りが自然とほぐれて、芯までぽかぽか。旅の疲れもどこぞに流され消えてゆく。
「これはなかなか……、ですわ」とはミヤビ。
「……いい」とはアン。
勇者のつるぎ、魔王のつるぎ、ともに温泉に興味があるというので、スコップと草刈り鎌の姿でいっしょにお風呂に入った。
天剣(アマノツルギ)はサビ知らず。
だからへっちゃらにて存分に湯をたんのうする。
なんだかんだで女の子はお風呂が好きなのだ。
もっとも奇妙な入浴風景に、シルラさんはケタケタ笑っていたけどね。
◇
湯上がり。
ちょっと長湯がすぎてのぼせたわたしは、脱衣所のイスに腰かけぼんやり。
するとシルラさんが陶器のカップに入った、冷たいヤギの乳を持ってきてくれた。
風呂のあとに、グイッと一杯。
お口まわりに白いヒゲをつくり、ケフッ。
しばし至福の時を味わう。
ゆったりと夜がすぎていく。
こうして彼女と二人きりになるのは、じつは聖都を出立して以来はじめて。
いい機会なので、ここでわたしは気になっていたことを、シルラさんにたずねてみることにした。
「女王さまの手紙では、『チヨコ殿のご助力を願いたき儀あり』って書いてあったよね? だからてっきり天剣のチカラを借りたいのかと思ったんだけど、でも『チヨコ殿の』ってところがどうにも引っかかってね。天剣じゃなくてわたしを名指ししていることが、なんていうか、うーん」
ちょっとうまく自分の中に生じている違和感を表現できずに、わたしが言いよどんでいたら、シルラさんは急に居ずまいを正し、こちらを見つめながら言った。
「それは語り部の口を通じて、トホテ神がおっしゃられたからだ。『剣の母チヨコをこれへ』と」
トホテとは、パオプ国が信仰している地の神さま。
神聖ユモ国が二柱聖教にて男老神コウボウと女神ガラシアを崇めているように、パオプではトホテを崇めてる。ただし立派な教会や神像を設けての大々的な信仰ではなくて、もっと人々の生活に根差したもの。それぞれができる範囲にて好き勝手に敬っているといった感じ。
そして語り部とは、神と通じその御言葉を下界に伝えることが出来る人物のこと。
シルラさんの話を聞いて、わたしが真っ先に抱いた印象は「ウソくせー」である。
神との交信?
めちゃくちゃうさん臭い。
いや、実際にソレっぽいのと遭遇して、剣の母なんて役割を押しつけられたわたしが言うのもなんだけれども、ホイホイ気安くこっちに絡んでくるとは、とても思えないんだけど。
そんな心情が顔にありありと浮かんでいたのか、シルラさんがあわてて手をふり、あせあせ。
「いやいや、これは大真面目な話だから。語り部は代々受け継がれてきた、厳格なお役目なんだ。偽わったりなんてトンデモナイ! トホテ神の意思に触れているときは、あきらかに様子がおかしくなるんだって」
わたしが訝しげにてジト目を向けていたら、それはもう懸命に「誤解だ!」と口にするシルラさん。
浮気がバレた夫が妻に言い訳をしているときのような必死さ。
それがかえって疑惑を深めていることに女武官は気づいていない。
とはいえ、これは想像していたよりも大ごとになってきたね。
女王ザフィアさまからの招聘だけでもたいがいなのに、じつはもっと上からの思し召し。いや、地の神さまはクンロン山脈の地下深くに住んでいるって話だから、もっと下からというのが正しいのかな?
フム。わたしは今回の旅の先行きが、とてつもなく不安になってきたよ。
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