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024 石の人

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 ディッカちゃんはしっかりアメ玉二個を平らげてから、おもむろに言った。

「……しょうじんけっさい中なのに、食べてよかったのか?」と。

 精進潔斎。
 トホテ神との対面するにあたり、心身をキレイに穏やかに保つこと。

 不安がっている幼女にわたしは「問題ないよ」と答える。「だってロクエさん印のアメ玉は、ハチミツの製造過程でとれる希少素材で作られているから。つまり原材料は花になるから植物。ばりばり精進潔斎の範囲だから」

 これを聞いてディッカちゃんは安堵の表情を浮かべた。
 ちなみにロクエさんとは、ポポの里北近郊に住むロクエバチの銀禍獣の女王さまのこと。里のよき隣人にて物々交換でハチミツを分けてくれる。彼女の作るアメは特別製にて数量限定につき、里の子どもたち垂涎の品。

 この説明を聞いたディッカちゃん。すっかりロクエさんのアメ玉を気に入ったらしく「いいなぁ、いいなぁ」とうらやましがる。「うちはケモノや禍獣のキケンが少ないかわりに、おんけいもちょびっとなのじゃ。とくにムシどもはほとんどみかけん」

 パオプ国はクンロン山脈の奥地にある。
 周囲を雪と険しい山に囲まれており、自生している植物が少なく、しかも場所によっては地熱にてあちこちから白煙が立ち昇り、独特のニオイも漂っている。
 そのせいかケモノや禍獣の類が極端に少ない。
 ゆえに人間たちは生活していけるものの、ライユウのようなチカラのある銀禍獣でもなければ、野生はとても生きていけない特異な環境でもある。
 蜜の材料となる花なんて、それこそ数えるほどしか生えていない。
 よってロクエバチを連れてきての養蜂はムリ。
 残念がるディッカちゃんではあったが、「そうだ!」と急に声をあげる。「おいしいアメ玉をちそうになったし、天剣(アマノツルギ)もしょうかいしてもらったのじゃから、わちきもチヨコに自分の友だちをしょうかいするのじゃ。すぐに連れてくるから、ちょっと待っておるのじゃ」

 言うなりピューッと駆けだしてしまったディッカちゃん。
 わたしはポツンと光石の森に置いてけぼり。
 うん。なんとなくだが、わたしは小っちゃい先輩のことがわかってきたよ。あの子はとってもせっかちだ。思い立ったが即にて、とにかく行動力がすごい。
 さすがはあのザフィア女王さまの娘だけのことはあるね。

  ◇

 で、しばらく膝を抱えてぼんやり待っていたら、かすかにお尻の下から微細な震動が伝わってきた。

「地震?」

 首をかしげるも、どうもちがうらしい。
 まるで重たい何かがズシンズシンと歩いているような……。
 どんどんと大きくなる震動。
 これは……。
 あきらかにこちらに近づいている!
 帯革よりミヤビとアンが飛び出す。
 すぐに白銀の大剣と漆黒の大鎌の姿となり警戒態勢をとる。
 わたしもあわてて立ちあがって、周囲をキョロキョロ。
 そうしたら目に飛び込んできたのは、近くの巨石にかけられた何者かの大きな手。
 続いてぬぅっと姿を見せたのは、周囲の巨石よりも頭ひとつ分ぐらい大きな石の人?

 目や鼻や口はない、のっぺりした顔。
 大岩が寄り集まって人の形をしている。
 なんだコレ?
 そんなモノがいきなりあらわれ、わたしたちはしばし固まった。

 ハッと我に返る。
 ミヤビとアンはより警戒を強くするも、石の人は何をするでもなく、ただこちらを見下ろしているばかり。
 こちらをどうこうしようという気はさらさらないっぽい。

「えーと、もしかしてコレがディッカちゃんが言っていた『紹介したいお友だち』なのかしらん?」とわたし。
「しかしこれはまた。なんともはや、予想外ですわ」とはミヤビ。言葉を濁す勇者のつるぎ。
「……デカ」とはアン。姉とちがって妹の魔王のつるぎは、物言いに遠慮がない。

 三者三様にて感心するやらあきれるやら。
 世にも奇妙な人? を前にして、わたしはとりあえずペコリと頭を下げてみる。

「剣の母をしているチヨコです。ディッカ先輩にはいつもお世話になっております。今後ともよろしく」

 が、返事はない。
 当然だ。なにせ相手には口がないのだから。
 ジーッと佇んだままにて表情がまったく読めない。何を考えているのかさっぱりである。
 そして肝心の小っちゃい先輩の姿がどこにもない。
 これは困った。どうにも気まずい。
 そんな中で、わたしの脳裏にピコンと浮かんだのは赤髪の老婆の姿。
 幼きあの日。ポポの里の呪い師ハウエイさんはこう言っていた。

「男をコロリと転がす方法? そんなものはかんたんじゃ。ピタッと寄り添い、膝の上を手で撫でれば一発よ。あいつら、ちょっと優しくしてやったら、すぐにその気になるからの。だがな、チヨコよ。これだけはよく覚えておけ。もしもそういうことを平然とする女を見かけたら、ぜったいに信用するな。そいつは近い将来、まちがいなくお前の敵になるぞ」

 自分がする分にはかまわないが、同じことをするヤツには用心しろという言い分はともかく。
 ようは異性との距離をつめるには、ベッタリ張りつくのが効果的ということ。
 いまこそそれを実践するとき!
 はたして目の前の石の人が男なのかということは、この際、丸っと無視して試すだけ試してみようと思い立ったわたしは、さっそく挑戦。
 で、ペタっと石の人の足のスネあたりに触れてみた。
 うん。固い。ただの石だな。
 けっこう冷たい。ずっと触れていたらこっちの体温が持っていかれそう。
 だから手を放そうとしたのだけれども、そのとき自分のカラダに異変が生じる。

「えっ!」


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