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029 地の神トホテ
しおりを挟むギテさんの話では、神の御座は光あふれる常世の春であったり、嵐の夜の荒れた海のようであったりするそう。
けれども、わたしたちが居たのは漆黒の空間であった。
そこがクンロン山脈の地の底だと教えてくれたのは、わたしを連れてこいと命じた地の神トホテ自身。
しかし……。
「えーと、これがトホテ神さま?」
失礼ながら、わたしは首をコテンとかしげた。
「本人がそう言っておるのじゃから、そうなのじゃ。……たぶん」
ちょっと歯切れが悪いディッカちゃん。
前回は一方的にカラダを使われただけにて、無自覚だったゆえに、こうやって自分の意思を保ちつつの神との会合は初体験。
そのせいかいまいち自信が持てないらしく、わたし同様に首をコテンとかしげている。
「先ほどの祭事といい、このお姿といい、ことごとく予想の斜め上をいきますわ」
いつの間にか白銀の大剣姿となっていた勇者のつるぎミヤビ。
神の姿をしげしげと眺めつつ、ついそんな言葉をぽろり。
「……でっけえナメクジ」
これまたいつの間にやら漆黒の大鎌姿となっていた魔王のつるぎアン。
わりと思いついたことをズケズケ吐き出すクセのある彼女。
みんながあえて触れないところに、ザックリと斬り込む困ったさん。
そうなのである。
地の神トホテはとってもでっかいナメクジの姿をしていた。
ぬたぬた横たわる姿が、米粉で作ったつきたての巨大な白い餅に見えなくもない。
いや、人間にだっていろんなヤツがいるし、禍獣だっていろんなヤツがいるんだから、神さまだっていろいろいたってかまいやしないよ。
が、さすがにこれは微妙だ。
スゴイのはスゴイんだけど。なんていうか、こう、……ちょっとばかし敬いにくい?
「そういえば地の神トホテさまの彫像とか壁彫りとか絵とか、城内でぜんぜん見かけなかったけど、もしかしてこれが原因なんじゃあ」
わたしの意見に「あー」とみんなが納得したところで、コホンと咳払いをしたのは当の神さま。
「さきほどから何をごちゃごちゃと。それよりもとっとと用件を伝えるぞ。のんびりしておったら、神威の影響でおまえたちの魂がごりごり削れてしまうからな」
いきなりとんでもないことを口走るトホテ神。
どうやら遥かなる高みにいる御方と、地べたを這いずりまわっているわたしたちの関係性は、闇の中に燃え盛る炎と、その輝きに魅せられ引き寄せられる蛾のようなものであるらしい。うかうかと近寄りすぎたら、たちまちボッと焼けてしまうというわけだ。
ってなわけで、少しでもこの時間を早くすませるために、以降は殊勝な態度にてお言葉を拝聴する。
「なにやら近頃、大地の気の流れが乱れておる。どうやら火の山の赤い海に原因があるようだ。北の方から悪いモノが流れてきおって、どうにもうっとうしくてかなわん。そこで剣の母には、天剣(アマノツルギ)と土の才芽のチカラにて、これを取り除いてもらいたい」
「えー、神さまなんだから、それぐらい自分でやったらいいじゃん」
「やってもいいが、わしが動くとクンロン山脈一帯が吹き飛ぶぞ。大陸全土も大揺れにて、地殻も崩れるから、はたしてどれほどの被害が起きることやら」
たとえでっかいナメクジの容姿とて、地の神の名は伊達ではないらしい。
「どっこらせ」としただけで、天変地異の大災害とか、迷惑どころの話ではない。
当然ながら、わたしには「ははーっ」と謹んで御下命を受けるしか選択肢はない。
女王さまの要請を受けてパポプ国へと出向いたときから、面倒ごとが待ち受けているとは覚悟していたけれども、思った以上に責任重大。
鉢植え禍獣のワガハイが言っていた「もしや世界滅亡の危機?」とかいうのが、まさかの正解だったよ!
「おっと、そろそろ時間か。じゃあ、そういうことだから頼んだぞ、剣の母よ。うまくいったらちゃんとご褒美の星香石も用意しておくから、がんばってくれ」
言うだけ言うと、一方的に交信を打ち切った地の神トホテ。
そしてわたしたちの意識もまたプツンと切れた。
◇
気がついたときには、わたしとディッカちゃんは並んで水晶玉の台座の前にいた。
二人ともにちゃんと戻ってこれたみたい。
よかったと安堵したとたんに、下半身のチカラが抜けてガクンとなる。
ものすごい疲労感にて、全身が汗でびちょ濡れ。
とても立っていられず、わたしとディッカちゃんは四つん這いとなった。
背後からあわてて駆け寄ってくるザフィア女王とギテさんの足音や、ミヤビとアンの心配する声を遠くに聞きつつ、自分の世界が暗転。
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