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030 炎路
しおりを挟む神坐(カミグラ)にて地の神トホテと交信した直後、疲労困憊にてバタンと倒れる。
目を覚ましたわたしが最初に見たのは、枕元に浮かんでいる白銀の大剣と漆黒の大鎌。
気がついたとたんに、ミヤビとアンが「チヨコ母さまーっ!」「……母。くすん」と抱きつきならぬ、のしかかり。ぐえっ。
わちゃわちゃしてくる我が子たち(剣と鎌)の下から、どうにか這い出たところで目に入ったのは、こっちの騒動なんておかまいなしに、隣の寝台で眠り続けるディッカちゃんの手を握り、泣きそうな顔にて身を案じている女王ザフィアさま。そばにはコツメカワウソの禍獣アイアイや乳母のギテさんの姿もある。
ディッカちゃんはまだ起きない。額に汗をかいており、何やらうなされている様子。
わたしより幼く、カラダが小さい分だけ負担が大きかったのかもしれない。
「あぁ、この子にまで何かあったら、私は……」
かなりうろたえている女王さまを「大丈夫ですよ。姫さまはお強いですから」とギテさんが慰めている。
バリバリ精力的に仕事をこなしている女王さまの狼狽ぶりに、わたしはいささか面喰らう。
育児に関してはギテさんに任せっきり。
べつに愛情が薄いというわけではないけれども、話を聞く限りでは、どことなく末娘とは一定の距離を置いている風だったのに。
ノドの渇きを覚えたわたしは、寝台脇に置かれた水差しに手をのばす。
陶器のカップに注いだ水をゴクゴク飲みつつ、「あっ、そうだ!」
空になったカップをふたたび水で満たし、ギテさんに声をかける。
「これをディッカちゃんに飲ませてあげて。わたしの水の才芽は、自分で関わった水にいろんな効能が宿るから。きっと元気になるよ」
◇
母の手から水を飲ませてもらったとたんに、ディッカちゃんの寝顔が穏やかなものとなり、一同ホッとする。この調子ならば、遠からず幼女は目を覚ますことであろう。
わたしはディッカちゃんの寝台を囲む格好にて、地の神トホテから告げられたことを、そのまま女王さまたちに伝えた。
「火の山の赤い海に、北からよくないモノが流れてきている……ですか。わかりました。すぐに調査に向かえるよう手配しましょう」話を聞いた女王さま、即決。しかしこうも言った。「ですが実際に出立するのは、少し先になります」
火の山というのは首都ヨターリーから北方へとさらに進んだ一帯を指す。
雪のない岩山にて、洞窟を通って地下へと潜っていくと、一面が真っ赤なドロドロの溶岩がうねっている場所へと出る。
そこが赤の海と呼ばれる場所。
岩や鉄をも溶かす温度にて、触れたが最後、生身の人間なんてあっという間に燃えて炭になってしまう。
軽く吸っただけで昏倒するような有毒な煙が充満することもあり、かなりの危険地帯。
ふだんならばとても近寄れやしないのだが、二十日に一度だけは安全に足を踏み入れることが可能となる。
実際の海が満ちたり引いたりするように、赤い海もまた姿を変える。
その時ばかりは奥へと進める道「炎路」が出現するという。
つまりきちんと調べるためには、その日に合わせて行動する必要がある。
「今夜が弧の月の十九日、いえ、もう二十日ですか。とすれば、次に炎路が出現するのは兎の月の三日……。十三日後になりますね」すぐさま日数をかぞえたギテさん。
首都ヨターリーから険しい山道を抜けて火の山まで行くのに、順調ならば四日ほどの旅程。
余裕をみて五日と計算するならば、調査隊の出立は七日後あたりとなる。
人選やら隊の準備やらを整えることを考えたら、あまり猶予はない。
これを逃すと次の月末まで待たねばならない。
だがそうなると本格的な冬の到来が間近となってしまう。
クンロン山脈の冬は厳しい。いきなりドカンとくる。
地熱の恩恵を受けられる首都や人里近郊ならばともかく、それ以外となると自然の猛威が容赦なく牙をむく。
いかに訓練を積んだ兵士と騎竜であろうとも、せいぜい六割のチカラを出せたらマシというような風雪にて、冬場の彼らの仕事はもっぱら街道沿いの雪かきや整備となるのがつね。
今回の一件。
わざわざ神が告げるほどのことだから、のんびり春先まで待ってなどいられない。
だから是が非でも十三日後に火の山へと到着している必要がある。
話がまとまったところで、すぐに動こうとしたザフィア女王。
しかしそれを制して「ザフィアさまは、どうかディッカ姫のおそばについていてあげて下さい。手配は私めが」と気を利かしたギテさん。
ギテさんは言いながらこちらに目配せ。
ひさしぶりに母子水入らずにとの配慮を理解したわたしはコクンとうなづく。すぐにミヤビとアンをスコップと草刈り鎌姿にして帯革に収納。
アイアイにこっそり「あとはお願いね」と告げてから、ギテさんに続いて退室した。
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