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031 星香石
しおりを挟む自分の部屋に戻って休んでいるように言われたが、すっかり目が冴えてしまったわたしは、調査隊編成の手配のために兵の詰め所へ向かうという、ギテさんについて行くことにした。
静かな夜の城内の廊下をギテさんと並んで歩く。
「ちょっと意外だった。女王さまって仕事人間で、あんまり家庭をふり返らないのかと思っていたよ」
眠り続ける我が子を前にしてオロオロしている姿を思い出し、わたしがそんなことを口にすると、ギテさんは「それは誤解です。あの方は誰よりも姫を大切に想われています」と即座にこれを否定。
「そのわりには、なんだか距離を置いてるように感じるんだけど」
「それは……、そうせざるをえない理由があるのです」
ギテさんはそこで口をつぐんでしまう。
フム。どうやら踏み込んではいけない家庭の事情というやつなのかしらん。ましてや王族関係ならば、ひとつやふたつぐらい、そんなモノを抱えていてもふしぎはないか。
などということを考えていたら、わたしはふとあることを思い出す。
「あっ、そいういえばトホテ神が言ってたんだけど、ご褒美の『星香石』って何のこと?」
その単語が出たとたんに、ギテさんの足がピタリと止まった。
ゆっくりとこちらに顔を向けた老嬢。目を見開きわたしを見つめる。
双眸に宿る暗さがどうにも気になって、わたしは目をそらせない。
意図したことではないけれども、無言にて見つめ合うことしばし。
「ふぅ」ギテさんがタメ息をつく。「ここにきて『星香石』が絡んでくるのですか。しかもよりにもよって姫さまの御身に……。いえ、思えばすべてはあそこから始まっていたのかもしれません」
ものすごーく意味深な台詞。
おそらくはパオプ国の王家にまつわる秘事。
この先に踏み込んだら、きっともうあと戻りできない。
でも仲良くなったディッカちゃんに関することならば、ここで尻尾をまいて逃げ出すわけにはいかない。
なぜなら、わたしは世界一の妹カノンを持つ姉だからだ。
ちびっ子を見捨てるお姉ちゃんなんて、ステキにかっこいいお姉ちゃんじゃない。
わたしは強い意思をこめて、ギテさんを見つめ続ける。
こちらの覚悟を知ったギテさん。もう一度タメ息をつき、「わかりました。あなたにはすべてをお話しします。ただ、少しばかり長い話になるので、さきに調査隊の手配をすませてしまいましょう」と言った。
◇
調査隊の手配をすませてから、わたしはギテさんの私室へと案内される。
台所や浴室などの水回り一式が隣接しており、こじんまりとしているけれども住みよい空間。地味にならない程度に華美さを削ぎ落し、落ち着いた色味で統一された室内。
壁の書棚には本がキレイに並ぶ。すぐ脇の机の上には何も置かれていない。これはおそらく使った道具を出しっ放しにすることなく、その都度きちんと片付けているから。
窓辺に小さな卓とイスが二脚。
勧められるまま、わたしはそのうちの一つに腰を降ろす。
窓の向こうには首都の夜景が浮かんでいた。
お茶を用意してから対面に座ったギテさん。その白髪が月明かりにて銀色にきらめく。
とてもキレイにて見惚れているうちに、彼女が語り出したのは、七年前に起きた星香石にまつわる大逆事件について。
◇
星香石。
満天の夜空をギュッと濃縮したかのような宝石にて、小指ほどの大きさ。ほのかに漂うのはえもいわれぬ天上の薫り。身につければあらゆる不浄を払い、これを砕き煎じて飲めば霊薬となり、たちまち万病に効くと伝わる。
それは地の神トホテより下される恩寵にて、奇跡の産物。
ゆえにいかに地を掘ろうとも発掘することはかなわない。
あまりの希少性から門外不出の国宝に指定されており、とても大切に保管されている。
その数八つ。
それがある日のこと。
宝物庫にて厳重に保管されてあったはずの星香石が、六つになっていることが発覚し、城内は上を下への大騒ぎとなる。
当然ながら宝石が勝手に姿を消すわけがない。
誰かが盗み出したはず。
この犯人捜しの指揮をとったのが、女王ザフィアを公私にてよく支えていた、彼女の夫であり女王の補佐役でもあったレキセイ。
この人物……。
とても優秀にて特に数字にめっぽう強かった。
ついザル勘定にて感覚頼みとなりがちな職人連中とは、顔を合わせるたびにいっつも丁々発止を演じる。
しかしそれだけではなかった。
数字や帳簿の向こうにちゃんと人を見ており、確固たる信念のもと、数多の改革を断行する。
もちろん反発は大きくモメにモメた。
けれども途中で投げ出すことなく、文句を言ってくる相手とは額をつき合わせて、必要ならば何日でも面と向かって、時には酒を酌み交わしながら、互いが納得するまでとことん話し合う。
言葉や態度だけではなく、着実に成果も出し続けた。
はじめのうちこそは「女王の威を借りて、いばりやがって、あの野郎」と反発していた連中も、ついには折れてその働きを認め「やるじゃねえか」と変わってゆく。
結果として国政から劇的にムダを廃し、各種制度の効率化を実現。気ムズカシイはずの職人たちの信頼をも勝ち取ることに成功。
パオプ国近代化の父とも呼ばれるようになる。
そんなレキセイが捜査に乗り出したのだから、すぐに犯人も捕まるだろうと誰もが考えた。
けれどもほどなくして国内に激震が走る。
レキセイ急死の報が駆け抜けたからだ。
多方面に渡って活躍し、寝る間も惜しんで精力的に働いていたから、ついに無理が祟って……。
と考えられるも、あまりにも突然過ぎる。
そこで死因を調べたところ、なんと体内から毒が検出された!
消えた国宝の行方。
その捜査の指揮を執っていたレキセイの毒殺。
誰もがこの二つをすぐに結びつけた。もちろん夫を殺された女王ザフィアも。
そこで女王ザフィアは、十二支族の中でも特に医術に長けた彪族(アヤゾク)の族長であり、レキセイの友人でもあった名医ロウセに相談すべく遣いをやる。
しかし……。
当時、崩落事故によって急死した先代のあとを継いだばかりの獅族(シゾク)の若長サガン。探索の手伝いのためにと館街に滞在していたので、女王の遣いの任を引き受けた。
すぐさま彪族(アヤゾク)の里へと向かうも、そこで待っていたのは紅蓮に包まれ、激しく燃え盛るロウセの館であった。
焼け出された人たちが呆然と炎を眺めている。
サガンが仔細をたずねたところ、家人らは「ロウセさまが自ら火を放った」と答えた。
どうにか消火しようとするも、おり悪く強風が吹き、火勢は増すばかり。
こうなると延焼に注意を払いつつ、見ていることしかできない。
そしてすべてが灰になった。
けれどものちに発見された遺書によって、パオプ国は三度目の激震に襲われることになる。
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