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032 大逆事件
しおりを挟む手紙を託されていたのは、彪族(アヤゾク)と親交のあった行商人であった。
女王ザフィアが彪族の里へと遣いをやるのと前後して、「首都へと赴いた際には、城に届けて欲しい」とロウセ当人よりことづかっていたという。
期せずして、火事の報と手紙をほぼ同時に受けた女王ザフィア。
星香石の盗難、夫レキセイの毒殺、その親友である医師ロウセの焼死……。
次々と起こる凶事。涙を流す暇もない女王は手紙を開く。
それはロウセの遺書であった。
血文字にてつづられてあったのは、己の犯した罪の告白。
◇
ロウセのやや歳の離れた妻は、あまりカラダが丈夫な性質ではなかった。
それでも無理をして出産に臨んだ結果、自分の命と引き換えに女児を残す。
亡き妻の命を受け継いだ存在を、どれほどロウセが慈しんだことか。
しかし運命はあまりにも残酷な試練を彼に用意していた。
ほどなくして、愛娘に心臓の病があることが発覚する。
パオプ国随一の高い医術を誇る彪族。自身も名医として知られたロウセは、あらゆる治療法を試し娘の病を治そうとするも、その病は先天性のモノにて、どうにも手の施しようがなかった。
このままでは愛娘の余命幾許もなく。
そこでロウセが最後に希望を見い出したのが、奇跡の霊薬となる星香石。
しかし星香石は地の神トホテよりの恩寵にて国の至宝。
門外不出の品にて、いくら大金を積もうとも手に入るモノではない。
そこでどうにか分けてもらえないかと、ロウセが頼ったのが親友のレキセイであった。
レキセイもまた第三子となるディッカ姫を授かったばかり。子を持つ親としてロウセの気持ちが痛いほどわかったので、どうにかしてやりたいと考える。
しかし他のことならばともかく、ことが星香石となると、いかに王族とておいそれとはいかない。
そこでレキセイは内々に評議会に参画している十二支族の代表らに掛け合って、どうにかならないかと相談するも、話し合いはなかなか進展しなかった。
同情はする。気の毒だとも思う。けれどもソレとコレとは話が別だという意見が大勢を占める。
一度でもこれを許せば、きっと歯止めが効かなくなる。
そのことを彼らは何よりも恐れたのだ。
万病に効く奇跡の霊薬。
あくまで伝承の域ならば問題はない。しょせんはおとぎ話で済む。
しかしその効能が実際に証明されれば、これを求めて必ず争いが起こる。それこそ国をも巻き込んでの戦争にさえ発展しかねないような。
自分の一族のみならず、大勢の民の暮らしを預かる立場としては、代表たちはおいそれとこの申し出を承認するわけにはいかなかったのだ。
反論の余地のない正論であった。
パオプ国の行く末を考えれば、選択の余地はない。
話し合いは平行線のまま遅々として進展せず。
そうしている間にも愛娘の小さなカラダは病魔に蝕まれ、着実に死の淵へと近づいている。
国、一族、民、愛娘の命。
すべてを天秤にかけて、苦悩する日々は地獄そのものであった。
その中でロウセはひたすら自問自答をくり返す。
自分にとって本当に大切なモノは何か? かけがえのないモノは何か?
何度も何度も己の心に問いかけるが、答えはいつも同じ。
彼はついに意を決し、禁を犯す。
宝物庫より星香石を盗み出し、霊薬を生成しこれを娘に投薬した。
八つあった星香石のうち二つが失せたことはすぐに発覚する。
当然ながら大騒ぎとなった。
レキセイがこの捜査をかって出たのは、すぐに親友の関与を疑ったから。彼らをとり巻く事情を知っていた評議会の面々は、二人の気持ちをおもんばかってこれを黙認する。
レキセイとしてはロウセに自首を促すつもりであったのだろう。
さすれば事情が事情であり、これまでの功績と照らし合わせて罪一等を減じるぐらいは可能と考えたのかもしれない。
レキセイとロウセの話し合いについての詳細はわからない。
残された遺書には詳しいことが記載されていなかったからだ。ただ何らかの問題が発生し、決裂したことだけは確かである。
そして帰城直後にレキセイは毒に倒れた。
犯人はロウセである。
愛娘のために国の禁を破り、ついには親友をも手にかけたロウセ。
けれどもすべては徒労に終わる。
赤子の身に霊薬は強すぎたのだ。
いかな良薬とて量を誤れば毒ともなる。そんな初歩的なことにも気づかないほどに、自身が追い詰められていたことをロウセが知ったときには、すべてが手遅れであった。
数多の信頼を裏切り、友を殺め、ついには己の手で守るべき愛娘をも死へと誘ってしまった男は、最期に自分で館に火を放った。
◇
遺書を読み終えた女王ザフィアは愕然とする。知らぬは己ばかりであったのだ。
すべては愛娘を想っての父親の暴走。それが国の至宝を盗むだけでなく、ついには王婿(おうせい)をも手にかける大逆事件を引き起こした。
その後の追跡調査でも、出てくる状況証拠はロウセの残した遺書の内容を裏付けるものばかりであった。
疑う余地はない。
けれども、何か違和感を感じずにはいられなかった、女王ザフィア。
それはレキセイとロウセの二人をよく知る者たちも同様であった。
しかしいくら調べたとて、新たな事実を示すような材料は何も出てこず、やがて問題は次の段階へと移行せざるをえない状況となる。
ロウセだけの罪として処理するには、彼の犯した罪はあまりに大きく、そして広く国内に知れ渡ってしまっていた。
苦渋の決断の末、女王ザフィアは彪族(アヤゾク)の十二支族除名と解体を命じる。
これは女王なりの恩情であり、国としては体面を保てるぎりぎりの譲歩でもあった。
十二支族ではなくなるかわりに、一族として生じるはずであった巨額の賠償責任を免除し、かつ個々の権利と財産は守られる。
かくして彪族の者たちは散りぢりとなり、他の支族に受け入れられたり、得意の医術を活かして市井に溶け込み、ひそかに再興の時を願いつつ現在へと至る。
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