剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝

文字の大きさ
32 / 56

032 大逆事件

しおりを挟む
 
 手紙を託されていたのは、彪族(アヤゾク)と親交のあった行商人であった。
 女王ザフィアが彪族の里へと遣いをやるのと前後して、「首都へと赴いた際には、城に届けて欲しい」とロウセ当人よりことづかっていたという。
 期せずして、火事の報と手紙をほぼ同時に受けた女王ザフィア。
 星香石の盗難、夫レキセイの毒殺、その親友である医師ロウセの焼死……。
 次々と起こる凶事。涙を流す暇もない女王は手紙を開く。
 それはロウセの遺書であった。
 血文字にてつづられてあったのは、己の犯した罪の告白。

  ◇

 ロウセのやや歳の離れた妻は、あまりカラダが丈夫な性質ではなかった。
 それでも無理をして出産に臨んだ結果、自分の命と引き換えに女児を残す。
 亡き妻の命を受け継いだ存在を、どれほどロウセが慈しんだことか。
 しかし運命はあまりにも残酷な試練を彼に用意していた。
 ほどなくして、愛娘に心臓の病があることが発覚する。
 パオプ国随一の高い医術を誇る彪族。自身も名医として知られたロウセは、あらゆる治療法を試し娘の病を治そうとするも、その病は先天性のモノにて、どうにも手の施しようがなかった。

 このままでは愛娘の余命幾許もなく。
 そこでロウセが最後に希望を見い出したのが、奇跡の霊薬となる星香石。
 しかし星香石は地の神トホテよりの恩寵にて国の至宝。
 門外不出の品にて、いくら大金を積もうとも手に入るモノではない。
 そこでどうにか分けてもらえないかと、ロウセが頼ったのが親友のレキセイであった。
 レキセイもまた第三子となるディッカ姫を授かったばかり。子を持つ親としてロウセの気持ちが痛いほどわかったので、どうにかしてやりたいと考える。
 しかし他のことならばともかく、ことが星香石となると、いかに王族とておいそれとはいかない。
 そこでレキセイは内々に評議会に参画している十二支族の代表らに掛け合って、どうにかならないかと相談するも、話し合いはなかなか進展しなかった。
 同情はする。気の毒だとも思う。けれどもソレとコレとは話が別だという意見が大勢を占める。
 一度でもこれを許せば、きっと歯止めが効かなくなる。
 そのことを彼らは何よりも恐れたのだ。
 万病に効く奇跡の霊薬。
 あくまで伝承の域ならば問題はない。しょせんはおとぎ話で済む。
 しかしその効能が実際に証明されれば、これを求めて必ず争いが起こる。それこそ国をも巻き込んでの戦争にさえ発展しかねないような。
 自分の一族のみならず、大勢の民の暮らしを預かる立場としては、代表たちはおいそれとこの申し出を承認するわけにはいかなかったのだ。
 反論の余地のない正論であった。
 パオプ国の行く末を考えれば、選択の余地はない。

 話し合いは平行線のまま遅々として進展せず。
 そうしている間にも愛娘の小さなカラダは病魔に蝕まれ、着実に死の淵へと近づいている。
 国、一族、民、愛娘の命。
 すべてを天秤にかけて、苦悩する日々は地獄そのものであった。
 その中でロウセはひたすら自問自答をくり返す。
 自分にとって本当に大切なモノは何か? かけがえのないモノは何か?
 何度も何度も己の心に問いかけるが、答えはいつも同じ。
 彼はついに意を決し、禁を犯す。
 宝物庫より星香石を盗み出し、霊薬を生成しこれを娘に投薬した。

 八つあった星香石のうち二つが失せたことはすぐに発覚する。
 当然ながら大騒ぎとなった。
 レキセイがこの捜査をかって出たのは、すぐに親友の関与を疑ったから。彼らをとり巻く事情を知っていた評議会の面々は、二人の気持ちをおもんばかってこれを黙認する。
 レキセイとしてはロウセに自首を促すつもりであったのだろう。
 さすれば事情が事情であり、これまでの功績と照らし合わせて罪一等を減じるぐらいは可能と考えたのかもしれない。

 レキセイとロウセの話し合いについての詳細はわからない。
 残された遺書には詳しいことが記載されていなかったからだ。ただ何らかの問題が発生し、決裂したことだけは確かである。
 そして帰城直後にレキセイは毒に倒れた。
 犯人はロウセである。
 愛娘のために国の禁を破り、ついには親友をも手にかけたロウセ。
 けれどもすべては徒労に終わる。
 赤子の身に霊薬は強すぎたのだ。
 いかな良薬とて量を誤れば毒ともなる。そんな初歩的なことにも気づかないほどに、自身が追い詰められていたことをロウセが知ったときには、すべてが手遅れであった。
 数多の信頼を裏切り、友を殺め、ついには己の手で守るべき愛娘をも死へと誘ってしまった男は、最期に自分で館に火を放った。

  ◇

 遺書を読み終えた女王ザフィアは愕然とする。知らぬは己ばかりであったのだ。
 すべては愛娘を想っての父親の暴走。それが国の至宝を盗むだけでなく、ついには王婿(おうせい)をも手にかける大逆事件を引き起こした。
 その後の追跡調査でも、出てくる状況証拠はロウセの残した遺書の内容を裏付けるものばかりであった。
 疑う余地はない。
 けれども、何か違和感を感じずにはいられなかった、女王ザフィア。
 それはレキセイとロウセの二人をよく知る者たちも同様であった。
 しかしいくら調べたとて、新たな事実を示すような材料は何も出てこず、やがて問題は次の段階へと移行せざるをえない状況となる。
 ロウセだけの罪として処理するには、彼の犯した罪はあまりに大きく、そして広く国内に知れ渡ってしまっていた。
 苦渋の決断の末、女王ザフィアは彪族(アヤゾク)の十二支族除名と解体を命じる。
 これは女王なりの恩情であり、国としては体面を保てるぎりぎりの譲歩でもあった。
 十二支族ではなくなるかわりに、一族として生じるはずであった巨額の賠償責任を免除し、かつ個々の権利と財産は守られる。
 かくして彪族の者たちは散りぢりとなり、他の支族に受け入れられたり、得意の医術を活かして市井に溶け込み、ひそかに再興の時を願いつつ現在へと至る。


しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...