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033 疑念
しおりを挟む星香石をめぐる七年前に起きた大逆事件。
話しを聞き終えたとき、用意されたお茶はすっかり冷めきっていた。
わたしはそれに口をつけてから、ぽつり。
「もしかして女王さまだけでなく、ギテさんもまだ事件について納得してないの?」
ギテさんはかすかにうなづいた。
「えぇ、確かにロウセさまは精神的にかなり追い詰められていました。しかし浅慮に走るような御方ではけっしてなかったのです。それにことが露見したからとて、レキセイさまを毒殺する意味もわかりません。最後の話し合いが決裂し、なんらかの不具合が生じた末の凶行であろうとは言われています。ですが……」
一見すると筋が通っているように見える。
けれどもどうにも釈然としない印象が拭えない。
レキセイとロウセの両名の仲をよく知る人間であるほどに、違和感を感じている。
何かがおかしい? でも、その正体がわからない。
どうにもイヤな感じである。
「あれ、そういえば消えた星香石は二つだって言ってなかった? 奇跡の霊薬とかを作るのに二つも必要なの?」
わたしはふと思いついた疑問を口にする。
「……わかりません。そもそもあの石が本当に霊薬となるのかも。あくまで伝承の中だけのことでしたので。その点については、『おそらくはロウセが念のために、予備として持ち去った』という説が唱えられていましたが」
「結局、どこを探しても出てこなかったと」
「ええ」
消えた二つの宝石。
うち一つが霊薬として使用されたとしたら、残り一つは何処へ?
館の火事でいっしょに燃えて灰になっちゃった?
うーん。確かに宝石も燃えちゃうという話は聞いたことがあるけれども、どうだろう。
ロウセさんってば、わざわざ遺書で自分の罪を告白しているぐらいだから、もしも残っていたら手紙といっしょに送り返しそうな気がするんだけど。
手紙を託された行商人がこっそりネコババしたという線も捨てきれないけど、わたしが思いつく程度のこと、きっと女王さまたちだって調べているよね。
「フムフム、なるほどねえ。で、それと女王さまがディッカちゃんと一定の距離を取っているのと、どう繋がってくるの?」
「それは……。どうやら女王さまはなんら確証はないものの、あの大逆事件の裏には何者かの関与を疑っておられるらしく」
「そいつが城内、もしくはわりと近いところにいて、正体がわからない以上、娘を自分のそばに置いておくのは危険と判断したのか」
「はい。私もまたそのお考えに賛同し、こうして微力ながら協力させてもらっているのです」
つまりは母子の微妙なすれちがいは、親の心子知らずに起因していると。
ちゃんと理由を話せばいいものを、我が子にいらぬ心配をかけまいとの想いが強く、かえって幼いディッカちゃんを傷つけている。
こうなるとやっぱり根っこにある七年前の事件の真相を解明するしかないのかなぁ。
◇
ギテさんよりいろんな話を聞いて、すっかり興奮してしまったわたしは、彼女の部屋を辞して自室に戻るも、一睡もせずに朝を迎える。
寝台の上にて胡坐をかき、ミヤビとアンにワガハイを交えてグダグダと犯人捜しを続けるも、どうにも「これだ!」という名推理を閃かない。
夜通しの話し合いにてわかったことといったら、わが陣営には軍師に相当する人材がいないことのみ。
モノ言う白銀の大剣。モノ言う漆黒の大鎌。モノ言う鉢植えの禍獣。辺境の小娘。
フム。この面子で難問に挑戦することが、土台無理な話であったか。
人には得手不得手というものがある。
ならばここは素直に他力本願にて、賢い人の知恵を借りるのが妥当。
というわけで、神聖ユモ国の星読みイシャルさまに伝書羽渡(でんしょはと)にて助言を求めることにする。
が、うまくいかなかった。
国外ということもあるが、クンロン山脈一帯の気流がけっこう激しくて、強風に煽られて、魔法の紙が変じたトリがうまく飛べない。
しようがないのでお手紙をしたためて、アンに託す。
「……かしこま」
魔王のつるぎのチカラにて、サクっと空間を斬り裂いたアン。するりと中へと潜り込む。
パオプ国の首都と神聖ユモ国の聖都とはかなり距離が離れているので、いかにアンの転移能力とてお返事をもらって帰ってくるまでには、しばらくの時間がかかる。
アンの帰りを待つ間、わたしは仮眠をとってから、無事に目を覚ましたというディッカちゃんを見舞い、ひさしぶりに白湯っぽいお粥ではない食事をとる。
もっとも四日間の精進潔斎後なので、いきなり味の濃い固形物は食べられず、やや粒々が残るお粥だったけれども。
◇
夕方近くになって自室の空間が裂けて、アンが帰ってきた。
しっかりお使いをはたした大鎌を「よしよし」と撫でて労をねぎらいつつ、さっそくお返事を開封。
中に入っていたのは一枚の紙。
そこには関係者一同の名前が記された相関図。
で、赤丸がついていたのは二人の人物。
ひとりは彪族(アヤゾク)に出入りしており、ロウセさんの遺書を託されたという行商人。
いまひとりは士鬼衆にて大将軍であるシルラさんのお兄さん。獅族の族長をしているサガンところであった。
「えーと、わざわざ印がつけてあるってことは、この二人が怪しいってことなんだよねえ」
イシャルさまからの返事には一切の説明書きがない。
これはあくまでわたしの伝聞を元にした推論ゆえに、あえてこうしたのであろう。
うっかり第三者に見られた場合の予防線。思慮深いというか用心深いというか、さすがである。
で、さっそくギテさんを捕まえて例の行商人のことをたずねたら「たしかフーグという名前だったかと」と教えられて、わたしは「ムムム」とうなる。
ここにきて、よもやの知っている名前の登場。
わたしは内心で非常におどろいた。
だってイシャルさまが怪しんだ二人ってば、ばっちり繋がりがあるんだもの。
しかし……。
「行商人のフーグはともかく、あのシルラさんのお兄さんが? どうにもピンとこないんだけど」
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