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036 火の山
しおりを挟むパオプ国の首都ヨターリーよりさらに北へ。
冷たさを増すばかりの強風吹きすさぶ崖沿いの路を、這うようにして進む。
本格的な冬に突入すると、厚い雪と氷壁にて道が完全に閉ざされるという。
そんな難所を超えた先。火の山があるというクンロン山脈の深域は、周辺の銀峰とは様相が一変していた。
山肌が、転がる岩が、舞い上がる砂塵が……。
そのすべてが赤さび色の世界。
ここまでくると山間の寒さよりも地熱による暑さが勝り、モコモコの防寒具は不用。
しかし身軽になれる解放感はない。むしろ「こんなところまで来てしまった」という想いが強く、ほの暗い感情にて、ついうつむきがちとなる。
ここまで来る間、わたしはずっとシルラさんが手綱を握る黒い騎竜の上にておとなしくしていた。
だが一度だけ、やむをえず身柄を獅族(シゾク)の族長であるサガンに預けられたことがある。
前方にて路に異変が生じており、隊を率いるシルラさんがその確認へと向かったのだが、そのわずかな間のことである。
なんら確証はないが、疑っている人物の懐にて、わたしはまるで生きた心地がしない。
いざともなれば帯革よりミヤビとアンが飛び出し、この身を守ってくれるのだろうけれども、やっぱりこわいものはこわい。
するとこちらの緊張を察したのか「おや、チヨコ殿は何やらふるえているご様子。ご案じめされるな。このサガンめが必ずやお守りしますゆえ」と笑うも、わたしは小さくうなづくばかりにて、彼の顔がまともに見られなかった。
逆光の中、わたしはあるモノを目にしてしまったのだ。
妹であるシルラさんにそっくりな、快活でくりっとした薄茶色の瞳。
それが影の中にて変じていたのは、底のまるで見えない深淵のような虚ろな洞。
わたしはその目に見覚えがあった。
何かに怒り、何かに絶望し、何もかもがどうでもいいと考えている。
なのに、何かをあきらめきれない。何かに必死にすがっている。
元八武仙のフェンホア。愛する者を失ったことから道を踏み外した男。
彼の狂気が宿った双眸。
それと同じモノを、サガンもまた持っていたのである。
わたしは確信を抱かずにはいられない。
理屈や証拠なんてどうでもいい。この人は一連のことに深く関わっている。その想いだけが自分の中で強くなっていく。
けれどもそれは同時に妹のシルラさんには、あまりにも残酷な真実が待ち受けていることをも意味していた。
すべてが明るみになったとき。
果たしてシルラさんはどちらの味方でいてくれるのだろうか?
◇
道中、いささか苦戦するも、調査隊はどうにか火の山にて赤い海を渡れるという、兎の月の三日の前日に、現地へ到着できた。
ひそかに警戒するも、いまのところサガンに不審な動きはなし。
あとは当日を待ち、出現した炎路にて赤い海を渡り、奥を調べて、北より悪いモノを招いているという元凶を取り除くばかり。
「シルラさんは炎路を通ったことがあるの?」
夕食用にもらったプクの干物と格闘しながらわたしがたずねると、シルラさんは「ある」と答えた。
「士鬼衆を拝命するときに、槍を新調してな。その穂先を作るのに必要な素材をとりに潜ったことがある」
「火の山の中ってどんな感じなの」
「とにかくむし暑く息苦しい。そしてそこいら中が熱々の鉄板のようだ。いくら赤い海が引いたとはいえ、余熱がスゴイからなぁ。ニオイも独特だし。あと、どこを見ても穴あきだらけの黒い岩と赤いドロドロしかないから、とっても気が滅入る」
まさに地獄の底といった風情にて、それはそれは過酷な場所だと教えられて、わたしはげんなり。
で、そんな炎路の突き当りには、離れ小島のような場所があって、祭壇らしきものも存在しているという。
おそらくは地の神トホテが調べろと言っていたのはそこだと思われる。
っていうか、それ以外の場所なんて調べようがないし。
◇
兎の月の三日、早朝。
荷物持ちとして同行してくれた面々に騎竜を預け、調査隊は地の底へと繋がっている洞窟へと足を踏み入れる。
緩やかな斜面だが、地面はゴツゴツしており歩きにくい。かといって足下ばかりに気を取られていると、そこいらから突起している岩にカラダや頭をぶつけそうになって、ヒヤリ。うっかりぶつけたら、それだけで悶絶ものなので注意が必要となる。
いくつか枝分かれしている中を迷わずに進めているのは、所々に目印が刻まれてあるから。
タイマツの明かりを頼りにしばらく進むと、急に前方より熱風が襲ってきた。
一瞬、息が詰まる。ベロンと巨大な舌に舐められたかのような不快さに、わたしは思わず顔をしかめる。
洞窟の奥にぽっかりと白い扉のようなものが浮かんでいた。
よくよく目を凝らしてみれば、それこそが洞窟の出口であり、くぐったとたんに景色が一変する。
眼下に広がるのは超大な縦穴。
高い山が丸ごとすっぽり収まりそうなほどもある。
底の方より赤い光が湧いており、縦穴の内部を煌々と照らしていた。
ときおり熱い風が下から吹く。うっかりこれを吸い込むとカッと胸の奥が熱くなった。
奈落というのはこういうものかと、恐れを抱かずにはいられない大自然の威容。
これを前にして、一同はしばし言葉を忘れて立ち尽くした。
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