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051 親と子

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 第十三王女ラクシュの手先となって、帝国の工作員としてパオプ国へと潜入したフーグの物語に始まり、七年前に起こった星香石の大逆事件の真相、そこから現在へと連なる陰謀の数々。
 パオプ国へと仕掛けられた「埋毒の計」と国崩しの「楔」について。
 身振り手振りならぬ、枝葉をもちいて、サガンやフーグどころかシルラさんやわたしの声マネまでをも織り交ぜての、熱弁をふるう黄色い花。
 一世一代の大舞台にて、これを堂々と演じる単子葉植物の禍獣ワガハイ。
 その迫真の講談ぶりは聴衆を魅了した。

  ◇

 ワガハイの語りがすべて終わったとき。
 会議室内は静まり返っていた。
 事実はあまりにも残酷すぎて、誰も何も言えない状況。
 ちょいちょい調子に乗って演出過剰となり、盛り過ぎたりもしていたので、わたしは内心でハラハラしていたけれども、誰も気づかなかったみたいでホッと胸を撫でおろす。

 カランと音が鳴った。
 武官の一人が手にしていた剣を床に落としたのだ。
 それを皮切りに続いて武器を手放す大人たちの中にあって、最後まで短刀を手放さなかったのはウルレンちゃん。

「……やっぱりね。どうせ、そんなことだろうとは思っていたんだよ」

 つぶやいた彼女がくしゃりと顔を歪めて自嘲気味の笑みを浮かべる。

「だって、フーグさんってばおかしいんだもの。ふつうはさぁ、イヌやネコだって三日もそばに置けば、それなりに情がわくものでしょう?
 なのにあの人がわたしを見る目は、ずっと赤の他人のそれなんだもの」

 短刀を手にした腕をだらりとさげたウルレンちゃんは、いまにも泣き出しそうな顔にて、こちらを見つめるも、その瞳を目にしてわたしにゾクリと悪寒が走る。
 あれは……。
 同じだ。
 フーグやサガン、それにフェンホアと同じ。
 大切な何かをあきらめ、世のすべてに絶望し、悲しみのあまり虚ろに支配された者の目。

 唐突に短刀を手にした腕をふりあげたウルレンちゃん。
 切っ先が向かったのは自身の胸元。
 幼女が自害しようとしている!
 でも、円卓を挟んだ遠い位置にいるわたしには、どうすることもできない。
 と、そのとき。横合いから「ダメなのじゃ」とウルレンちゃんの腕にしがみついたのは、ディッカ姫。

「放せっ」
「イヤなのじゃ」

 どうにかふり払おうともがくウルレンちゃんに、ディッカ姫が必死に喰らいつく。

「わたしなんて生きている価値がないの。それにわたしのお父さんは、あなたのお父さんを、親友を殺したんだよ? どうしてそんなわたしを助けようとするのよ!」
「あいにくとわちきは父のことなんぞまるで覚えておらん。でもあとに残された者のくるしみは知っているのじゃ。たまに母が父の絵の前で泣いているのを知っているのじゃ」
「だったら、だったら」
「だからこそ、死んではいけないのじゃ。ウルレンが死んだら、悲しむ者がぜったいにいるはずなのじゃ」
「そんな人はいないっ! わたしにはもう何も残されてはいないんだから!」
「いるのじゃ。少なくともチヨコはきっと悲しむぞ。それにわちきも悲しむ。彪族(アヤゾク)の者たちだって。じゃが何よりもそなたの死んだ母上と父上が一番悲しむ。国を裏切り、友を裏切り、すべてを捨ててまで自分の娘を救おうとした、その想いはぜったいにウソではないのじゃ!」

 方法はまちがってしまったのかもしれない。
 けれども根底にはまちがいなく愛があった。
 そのことを気づかされて、ハッとするウルレンちゃん。
 一瞬、動きが止まった。
 わたしはすかさず鉢植えを手をのばすと、これを「えいや」と放った。
 ツルツルの上等な円卓の上をシャーツと滑るワガハイの鉢。「あーれー」とクルクル回転しながら勢いよく滑った鉢植えの禍獣が、その勢いのままに幼女たちへと向かって円卓から飛び出し、ごっつん。
 たまらず幼女たちは、床に投げ出された。
 そこでわたしは周囲でぼんやりしていた大人たちに向かって叫ぶ。

「いつまでもぼさっとしてんじゃねーっ! 確保っ!」

  ◇

 ぐったり気を失っているウルレンちゃん。
 ムリもない。いろんなことが重なりすぎて、心労と疲労により、ついに限界に達したのであろう。
 ディッカちゃんからは「うー、イタイのじゃ。ヒザをすりむいたのじゃ。チヨコはひどいのじゃ。これはもう、ロクエ印のアメ玉をもらわないと治らないのじゃ」とぐちぐち嫌味を言われ、ちゃっかりお詫びの品をもねだられた。
 ぶん投げられたワガハイもぷりぷり怒っていた。「今日一番の功労者に対する、この仕打ち。断固抗議する。謝罪と賠償を要求する」などと、やんやとやかましい。
 でもって、どうにか会議室の方がひと段落したところで、ダーンと扉が外より打ち破られて、登場したのは女王ザフィア。
 御大自ら単独にて乗り込んできたもので、一同「えー」
 そんな連中にはかまうことなく、手をパンパンと景気よく叩いた女王ザフィアが、声高に告げた。

「はい、それじゃあ、本日の緊急訓練はこれにて終了。みなさん、お疲れ様でした。それでは総員、すみやかに撤収するように」

 帝国の陰謀やら、その他もろもろを知った女王さま。
 どう転んでも自国にとっては益にならないとの判断から、よもやのチカラ技にてすべてをなかったことにし、ねじ伏せるという荒業に出る。
 呆気にとられている一連の騒動を起こし連中を尻目に、女王の意をくんだ面々はその言葉に従って、すぐさま処理を開始した。

 その様子を前にして、わたしが「過去については変えようがないけれども、現在と未来にはまだ手が届く。ということかしらん」と感心していたら、いつの間にかそばにきていた勇者のつるぎミヤビが言った。

「これがきっと女王ザフィアの……、いいえ、パオプ国の強さなんですわ」と。
「……打たれるほどに強くなる。まるで鉄のよう」とは魔王のつるぎアンの言葉。

 かくして一連の騒動はひとまずの決着をみた。
 けれども、その裏にてもうひとつの物語が結末を迎えていた。
 そのことをわたしが知ったのは、数日後にシルラさんが帰還したときのことである。


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