こちら第二編集部!

月芝

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第五の怪 玉川小学校の七不思議 その五

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 ただいま時刻は夕方の四時三十八分――

「むっ、いかん。少々手間取ったか。時間も押していることだし、残りはサクサクいくよ」

 廊下側の窓から最寄りの教室をのぞいては、備え付けの時計を確認し、上杉愛理はやや歩くペースをあげた。
 松永美空と明智麟ら四年生コンビはトテトテついていく。

 放課後、校内に残っていられる時間は限られている。
 それすなわち取材のための活動も限られているということ。
 だったら、別の日に回せばいいじゃない。
 と――言いたいところだが、そうもいかない事情がある。

 なにせ何かを調べる、それも大勢の生徒たちがいる校内でともなれば、どれだけこっそり動こうとも、じきに周囲にバレる。
 人の口に戸は立てられない。
 すぐに「第二編集部が何か調べているみたいだよ」との噂が方々を駆け巡る。
 そうなれば次に気になるのが、その「何か」について。
 こうなると噂が噂を呼び、好奇心が先走って、ネタばれなんてことにもなりかねない。
 学級だよりを公開する前に記事の中身がポロリとか、シャレにならないのだ。
 ゆえに、こういう場合は短期決戦が望ましいのである。

「白いタヌキの方はあまり期待していない。最悪、誰かから画像を借りれたらいい。それも無理そうならば、漫研の子に頼んで可愛いイラストでお茶をにごす」

 愛理の物言いに美空と麟は複雑な表情を浮かべつつ、女子チームが向かったのは音楽室である。
 四つ目の七不思議は「誰もいないのに鳴るピアノ」というお話。
 誰もいないはずの音楽室からピアノの音色が聞こえるというやつだ。
 音楽室の怪は、トイレの花子さんと同じく学校七不思議の定番中の定番であろう。
 なぜだか他所の学校のやつでも含まれていることが多い。
 王道といえば王道、たんなる数合わせにちょうどいいという説もあるが、これいかに?

 しかし玉川小学校の音楽の怪はひと味ちがう。
 聞こえてくる曲は、ショパンのノクターン、ドビュッシーの月の光、モーツァルトのきらきら星などの優しい旋律の曲から、ショパンの革命のエチュードに英雄のポロネーズ、ベートーベンの熱情などの激しいものまで、演目がじつに多彩なんだとか。
 かなり出来る幽霊であろう。

 音楽室には、小学校にはいささか不釣り合いな立派なグランドピアノがある。
 威風堂々たる存在感。納車したてのクルマのごとく、ボディが黒光しておりピカピカにて、触れるのが躊躇われるほどだ。
 音? もちろん素晴らしい……はず。
 なぜに疑問形なのかというと、あいにくとピアノの音色の良し悪しがわからないから。絶対音感とかの持ち主ならばともかく、並みの小学生にそれを求められても困る。
 でもってこのピアノは地元のとある名士から寄付されたもの。

「まぁ、ぶっちゃけ麗華ん家だけどね。前のピアノが壊れたって話を小耳に挟んだ武田家の刀自がポンっと寄付したんだと」

 刀自(とじ)とは女性に対する古風な尊称、ようは旧家のえらい婆さまということ。
 なおこれは余談だが、武田家は代々、女性が強くてしっかり者と、地元ではもっぱらの評判だ。
 そんな裏設定を語りつつ、愛理は音楽室の扉の鍵を開けたのだけれども――

 ポロン、ポロン……

 とたんに音楽室から聞こえてきたのはピアノの音色。
 これには三人もビクリと固まった。
 恐る恐る中をのぞいてみるも、誰もいない。
 演奏されている曲はベートーベンのエリーゼのために。
 甘くロマンチックな曲のはずなのに、ゾゾゾと肌が粟立つ。
 どうにも不気味で、不吉な調べに聞こえてしょうがない。

 おもわず手を握り、身を寄せ合う四年生コンビ。
 そんな後輩たちを横目に、ひとり踏み込んだのは愛理であった。
 愛理はずんずんとピアノに近づき、鍵盤の方へと回る。
 そしてぼそり「誰もいない」とつぶやいたものだから、四年生コンビはおもわず後退る。
 でも、そんな後輩たちの姿に先輩は「ぷっ」と吹き出し、ケタケタ腹を抱えて笑いだしたもので、美空と麟はきょとんとなった。

 タネ明かしをすればなんてことない。
 このグランドピアノには自動演奏機能が付いているだけのこと。
 きっと生徒の誰かがタイマーにイタズラをしたのだろう。

「おおかたこんなことだろうとは思ってたんだけどね。さてと、ここにもう用はない。美術室の方へ行くよ」

 騙されたと、ぷりぷり怒る後輩たちをなだめつつ、愛理はふたりを追い立てるようにして、そそくさと音楽室を出る。しかし口調や態度とは裏腹に、その目つきがやや険しかった。
 その理由は――

 扉を閉める際に愛理はちらり、後輩らに気取られぬようにこっそり盗み見たのはピアノの電源コード。
 壁際へとだらりとのびたコード、プラグはコンセントに挿されてはいなかった。

「おいおい、マジかよ。まいったねこりゃ」

 愛理は口の中だけでつぶやいた。


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