33 / 59
第八の怪 地獄谷峠のオオカミ その二
しおりを挟む地獄谷峠……
いかにもおどろおどろしい名前だが、べつに地獄があるわけじゃない。その由来はかつての悪路ぶりからきている。
鬱蒼としげる森にはオオカミたちが住みつき、起伏が多く急な斜面は歩きにくく、日中でも不気味で、急に濃い霧が垂れ込めることもあり、夜になれば自分の足下もおぼつかなくなるほど暗くなる。健脚を誇る行商人や修験者でもヒィヒィいいながら越えねばならぬ。
ゆえにいつの頃からか、そう呼ばれるようになっていた。
だがそれも遠い昔のことである。
いまや山を削り、アスファルトの立派な道路が通されている。
そんな地獄谷峠の道路だが、かつての悪路ぶりの面影を残すうねり具合から、走り屋と呼ばれる者たちより熱烈な支持を集めている。
夜な夜な集っては、公道レースに明け暮れ、コーナーを攻めては麓まで降る速さを競う。
もちろん無許可にて、危険な暴走行為だ。実際のところ事故も頻発している。
こうなったら警察だって黙っちゃいない。
不定期に一斉検挙を行っては、取り締まりを強化している。
某日夜更け、場所は隣町は北部にある地獄谷峠にて――
署をあげての交通違反の取り締まりが行われていた。
交通課のみならず、各部署から応援要員を集めての気合いの入れよう。
刑事課の三好之徳もまた応援にかりだされていたのだけれども……
夜更けの峠にパトカーの赤ランプが灯り、多数の警官らが配置についていた。
そうとは知らずにのこのこやってきた走り屋たちが、次々と検問に引っかかる。
こうなると案外大人しいもので、ほとんどの者たちは素直に警官の指示に従う。
だが、ときおり言うことをきかないはねっ返りもあらわれる。
制止を振り切り、検問を強硬突破して逃げようとする者が。
「おらーっ! とっとと止まりやがれ。往生際が悪いぞ、どうせ車載カメラでばっちり撮ってるんだから、逃げるだけ無駄だぁー!」
逃亡をはかったのはバイク五台の小集団だ。
これを追いかけていたのはパトカーに乗車している之徳であった。搭載されているスピーカーにて、停車を呼びかける。
深夜に繰り広げられる追走劇。
すると、そのさなかのことであった。
ワォオォォォォーン!
どこからともなく聞こえてきたのは獣の遠吠えである。
ハンドルを握っていた之徳は、なにげにサイドミラーを見て、ギョ!
背後から猛然と近づいてくる何かがいたからだ。
よくよく目を凝らしてみたら、それはオオカミであった。
半透明の大きなオオカミが躍動し、あっという間にパトカーを追い抜いたとおもったら、前方を走るバイクの小集団へと近づいていく。
ばかりか、その小集団を蹴散らすかのごとく、真ん中をシュタタタと駆け抜けて行くではないか。
まるで疾風のよう。
後方よりまくられ、追い越されてぶっちぎられたバイク乗りたちは、あんぐり。
速さを信奉している彼らは驚きと衝撃により、自然と速度を落とし、じきに停車した。
そこに之徳が追いつく。
ずんずん遠ざかっていったオオカミの背中は、すぐに夜陰の彼方に消えた。
これを見送ることになった一同は「いったい何だったんだ?」とそろって首を傾げた。
峠に奇妙なオオカミが出たなんて話、当然ながら上が認めるわけもなく、之徳およびバイク乗りたちの証言は黙殺された。
だが、この日以降、夜更けの峠にてオオカミを見たという話がちらほらと聞こえるようになっていく……
◇
叔父から話を聞いた松永美空は、このネタを第二編集部に持ち込んだ。
これを受けて編集長の上杉愛理は即決する。
「地獄谷峠のオオカミか……。いいねえ、おもしろそうだ。よし、次の企画はそいつでいこう!」
かくして第二編集部の面々は、オオカミが絶滅へと追い込まれた悲しい歴史を紐解き、峠での危険な暴走行為を糾弾しつつ、怪異の真相に迫ることになった。
1
あなたにおすすめの小説
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
にゃんとワンダフルDAYS
月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。
小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。
頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって……
ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。
で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた!
「にゃんにゃこれーっ!」
パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」
この異常事態を平然と受け入れていた。
ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。
明かさられる一族の秘密。
御所さまなる存在。
猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。
ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も!
でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。
白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。
ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。
和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。
メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!?
少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
カリンカの子メルヴェ
田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。
かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。
彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」
十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。
幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。
年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。
そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。
※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる