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第八の怪 地獄谷峠のオオカミ その三
しおりを挟む第二編集部は手分けをして取材することにした。
オオカミの歴史については上杉愛理が担当し、峠での交通事情や過去に起きた事故などについては村上義明が調べることになった。
現場へとおもむくのは里見翔、明智麟、松永美空の三人となる。
とはいえ小学生の身なので夜間の外出は認められないから、次の週末の昼間に出かけることにする。
日中ゆえに調査対象に遭遇することはないだろうけど、現場を実際に自分の目で見て歩くことで、記事にぐっと厚みがでる。
だから、これは必要なこと。
不思議なオオカミが目撃された現場は隣町の峠である。
さいわい隣町の駅前から地獄谷峠方面にバスが出ているので、これを利用して翔たちは向かうことにした。
◇
週末、快晴――
午前十時に駅前に集合した翔、麟、美空ら三人は、目当てのバスに乗車する。
バスはけっこう混んでいた。利用客の大半がリュックサックを背負ってのズボン姿だ。かくいう三人も同じような格好をしていたけれども。
かつてはその険しさゆえに人々が敬遠していた地獄谷峠であったが、いまではハイキングコースが整えられており、そこそこの賑わいをみせている。
現場となった峠道とハイキングコースは隣接しており、ところどころ行き来できる箇所もある。都合のいいことに、美空の叔父である三好之徳がオオカミを見たという場所が、そのうちのひとつに近かった。
山薫るいい季節だしせっかくだからと、今回三人はハイキングがてら、現場の雰囲気やら様子を探ることに決めた。
インドア派の翔はこの提案にやや難色を示すも、そこは四年生コンビが多数決で押し切った。「これってちょっとずるくない?」との翔の抗議に、麟と美空はツーンと澄まし顔で聞こえないふりをした。
発車したバスが、いくつかのバス停を経て、市内を抜けて山へと入った。
とたんに車窓が緑一色に埋め尽くされる。
バスごとみんな、山にパクリと丸呑みにされた……そんな妄想をして麟はぶるりと肩を震わせる。
右へ左へ、また右へ……カーブが続く坂道を、バスは力強くずんずんのぼっていく。
山を分け入りのぼるほどに車窓の向こう側の展望が開けていき、いつの間にか三人も言葉少なとなり魅入っていた。
じきにバスは峠の天辺に到着する。
ほとんどの乗客らがここで降りた。
もちろん三人もここで下車する。
地獄谷峠のハイキングコースは三つある。
わりと初心者向けなのは、バスで峠まであがってから下りてくるコース。
ちなみにわざわざ「わりと」と頭に付けているのは、山登りでは下りの方が膝に負担がかかるからだ。
「すいすい、らくち~ん」
とか調子に乗っていると、すぐに足が産まれたての小鹿のようにプルプル震えることになる。気分的には楽だが、実際はそうでもない。だから「わりと」なのである。
残りふたつのコースは山のこちら側か、向こう側の麓から登ってきて、峠で引き返すか、越えて反対側まで行くかというもの。登って下りる、至極真っ当な山歩き。
このふたつは中級者以上に推奨されている。
だが心配ご無用、途中でへばって動けなくなっても公道に出ればバスが来る。いざともなればそれに拾ってもらえばいい。
峠の天辺にはドライブインがあり、バス停もここに設けられている。
とはいっても茶屋の類はなくて、あるのは自動販売機ばかりにて、あとはフリーの駐車スペースと小さな社が隅っこに祀られているばかり。
ちょっとした休憩と景観を楽しむための場所だ。
峠に降り立った三人は、そろって「う~ん」とのびをしては深呼吸、山の新鮮な空気を堪能する。
「こんな場所があるから、夜になると走り屋たちがたむろするんじゃないのか? いっそのこと失くせば静かになるよ」
空をまぶしそうに見上げては、翔がそんなことを口にする。
「あー、そういった話はあったみたいですよ。でも、地元から反対の声があがったんだとか。どうして一部の不心得者どものせいで、こちらが不利益をこうむらなければいけないんだとかなんとか」
答えながらも美空は忙しい。あちこちにデジタルカメラを向けては、パシャパシャ撮影を続けている。もちろん取材の一環である。
そんなふたりを横目に、麟が眺めていたのは小さな社の脇にある立て看板であった。社の起源について書かれている。
「え~と、なになに……この犬子母神の社は、さる永禄五年の頃に――」
麟は看板の文章を読み始めた。
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