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月芝

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第八の怪 地獄谷峠のオオカミ その六

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 翔に案内されてついて行くと、たしかに石櫃らしきものの一部が顔を出していた。
 場所はハイキングコースをそれた斜面のなかほどの処である。
 見た目の傾斜はさほどでもない。木立ちに囲まれており、それらを支えとして渡れば、あそこまでならば降りれなくもなさそう。
 ただし、ロープでもあればの話だけれども――

「あら? あるわよ。こんなこともあろうかと……」

 美空が自分のリュックサックから取り出したのは、登山用のロープであった。
 これには翔も目をぱちくりさせ、麟は毎度のことなので「そうなんだぁ」とのみ。
 美空のリュックサックは魔法の鞄、いろんな物が入っている。
 コンビを組んでいる麟はそのことをよく知っている。
 ちなみにどうして美空がそんな物を所有していたのかというと、じつは彼女の父親が登山好きだからである。
 慶瑞寺にて住職をしている父親は、修行時代に山歩きをしているうちに、すっかり山の魅力にドハマりした。若い時分には修験者ばりに、各地の名山剣俊を巡っては踏破したものである。そのため家の物置には、本格的な登山道具がけっこう揃っていた。

 父からロープの扱いのレクチャーを受けていたようで、美空は近くにて丈夫そうな木の幹にロープを結ぶなり、「それじゃあ、ちょっと見てくるから」と言って、さっさとひとり降りてしまった。

「なっ!」
「えぇーっ!」

 アクティブすぎて、止める暇もありゃしない。
 ロープ伝いにスルスル斜面を降りていく美空を、翔と麟は呆然と見ていることしかできなかった。

  ◇

 上に仲間たちを残し、ひとり下へと降りた美空は、あっという間に目当ての場所へと到着する。

「どれどれ……、ふ~ん、石を削って作った箱なのはまちがいなさそうね」

 石櫃はひっくり返った状態にて半分以上埋まっており、斜面から生えたような格好になっている。
 表面が苔むしているわけでもなく、縁や角に多少の欠けや小さなヒビ割れは見られるものの、おもったより傷みが少ない。十分に原型をとどめている。
 これはわりと最近まで土の中にあったのが、何かのひょうしに外にでてきたおかげかもしれない。
 実家がお寺なので、美空は昔から石の地蔵やら石碑、墓石などに馴染みがある。
 長年、雨風にさらされて風化したそれらは、もっと削られてボロボロになるのだ。

 蓋の姿はない。もしもこれが犬子母神の社のご神体を納めていたものだとすれば、山崩れに呑み込まれた際に、はずれてどこかにいったのかもしれない。

 ひとしきり外観をチェックしてから、美空はいつも持ち歩いているペンライトを取り出し、露出している箇所から暗い石櫃の奥を照らす。

(伝承通りならば、なかには母子狼の頭蓋骨が奉納されているはずだけど)

 このような状態なのであまり期待はしていない。
 どうせ空っぽか、土砂まみれになっているだろう。よしんば残っていたとて、山崩れに遭ってから、すでに百年以上も経っている。とっくに砕けて土へと還っているだろう。
 そう考えていたのだけれども……

 ライトの明かりに照らされたモノに、美空は「えっ」と驚きのけ反った。
 でもすぐに気を取り直し、美空はスマートフォンのカメラにてそれを撮影した。

  ◇

 しばらくすると、行きと同じくするすると戻ってきた美空であったが、その表情がやや固くなり青ざめている。

「おい、松永、大丈夫か?」
「ソラちゃん、何かあったの?」

 心配するふたりに「うん、私は平気、それよりちょっとコレを見て」と美空。
 スマートフォンにて撮影されたばかりの画像を前にして、ふたりもしばし固まった。
 撮影されていたのは、暗い石櫃内に入り込んだ土から露出している白い物体である。

「半分埋もれているけど、どう見ても動物の頭の骨だよなぁ」
「じゃあ、これがあのお話に出てきたオオカミの……」
「たぶん、ね」

 翔、麟、美空は互いに顔を見合わせる。
 だとすれば世紀の大発見!
 とまでは大袈裟だが、地元にとってはけっこうなスクープであろう。
 では、どうしていままで誰にも気づかれなかったのか?
 これはあくまで憶測だが、理由はいくつか考えられる。

 理由その一
 ハイキングコースとはいえ山道にて、みんな足下に注意したり、周辺の景観に目を奪われており、斜面の下なんぞをわざわざ覗き込む者なんていなかったから。
 理由その二
 不法投棄と考え、さして気にも留めずにみんなが見て見ぬふりをしたから。
 理由その三
 発見されたのは初心者ハイキングコースの行程の三分の一ぐらいの場所、まだ序の口にて、はやくもへばって休憩する者なんて、これまでいなかったから。
 ましてや、こんなところで小用をすまそうとする不心得者がいなかった。
 理由その四
 大人と子どもの目線のちがいもあるかも。

 ……などなど、ざっと思いつくのはとりあえずはこんなところであろうか。
 なんにせよ、ここから先は大人の手を借りる必要がある。
 三人は相談の上で、いったん地獄谷峠のドライブインへ戻ることに決めた。
 麓まで降りるよりも、そっちの方が今後の行動がとりやすいと判断した。


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