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第十の怪 黒棟(くろむね) その二
しおりを挟む敷地内を進んでいくと、ほどなくして視界の四方をふさがれる。
右を見ても、左を見ても、まず目に飛び込んでくるのはコンクリートの塊――団地の建物だ。
ここ富田団地は、百棟もの数を誇る大規模公団住宅にて、建物はすべて同じ造りになっている。
昭和レトロ感が漂うぶっきらぼうな外観、五階建て、建屋には四つの独立した階段があって、階段ごとに左右五戸ずつ計十戸、一棟四十戸となっている。
エレベーターなし、のぞき窓と郵便受けがある頑丈なスチール扉、間取りは2LDK――リビング・ダイニング・キッチンが一つの空間にあり、居室が二部屋ある間取りのこと――にて、ベランダ有り。
室内は時代の変遷とともにリフォームがされており、畳み主体からフローリングへと切り替わりつつあるが、半世紀以上も前の基準にて作られたこともあってか、天井がやや低めなこと以外は至極快適に寝起きできる。
見渡す限り、同じ見た目の建物がずらずらと……
壁面上部に番号が表記されていなければ、外部の人間にはとんと見分けがつかない。
どれもこれも大きくて、ちょっとした小学校の校舎ほどもある。子どもの視点からすると、まるでこちらに迫ってくるかのような圧を感じる。見上げた先にある空が、ハサミでじょきじょき切り取られたかのようにカクカクしているのは、四角い団地たちのせいだ。
クラスメイトの女の子からトリ婆の呪いの話を聞いた麟と美空のふたりは、さっそく放課後に行ってみることにした。
出来ればその子に案内してもらいたかったのだけれども、それは断られた。「また襲われたらイヤだもの」とのことであった。
授業が終わるやいなや、急ぎ帰宅をしてから合流して現地へと向かう。
富田団地の敷地内には広場や公園が多数あって、玉川小学校に通っている大勢の生徒宅もあるから、ここへはふたりも何度も訪れている。住んでいる子の家におじゃましたこともあるし、ある程度のことは知っているけれども……
「あいかわらずややこしいねソラちゃん」
「それはしょうがないよ、みんな同じ建物だからねリンちゃん」
迷路とまではいわないがややこしい団地の敷地内、大きい建屋と比較するせいか、ここに来るとまるで自分が小人にでもなったかのような錯覚を抱かされる。
放課後から夕暮れ前の半端な時間のせいか、すれ違う人はまばらにて、敷地内は静かなものだ。だが、これもあと二時間もすれば仕事や学校などの出先から帰ってくる住人たちで、とたんに賑わいだす。
けれども、陽がとっぷり沈むと一転して違う光景となる。
いろんな人が集っている場所であるがゆえに賑やかな反面、互いを気遣い尊重するのが住人同士の暗黙のルールとなっており、夜には無闇に騒いだりしない。生活音にも気をつかうんだとか。
だから夜中には洗濯機を回さないし、掃除機もかけないし、床をドスドス踏み鳴らして歩くこともなければ、スチール扉もそっと閉める。
どの家もカーテンを閉じておりほとんど明かりが外に漏れることもなく、階段の入り口や踊り場の照明や外灯はあれども、周囲の闇の方が遥かに濃密にて、あまり頼りにならない。
というか、明かりに蛾(が)がたかっているので、ちょっと気持ち悪い。
「前にたまたま夜の団地内を通り抜けることがあったんだけど、おもいのほかに暗くって、しぃんと静まり返っていて、ちょっと怖かったかも」
とは美空の談。
家がお寺にて、すぐそばには墓地もある環境に暮らしている彼女をしても、夜の団地は不気味と感じるぐらいなのだから、相当なのであろう。
想像するだけで麟はブルっと肩を震わせる。
もっとも、それは富田団地だけに限ったことではないのだけれども。
町の中や商店街、自動車の姿が絶えることのない国道などなど。
日中は喧騒が満ち充ちている場所でも、夜になると一転して閑散となることはままある。
でもそれは大人たちの時間にて、小学四年生である麟たちはまだ知らない世界である。
クラスメイトが災難に見舞われたのは、四十五棟だ。
場所は敷地内の中央部分からやや北東寄りに位置しており、主要な経路からはそれているから、用事がなければ足を向ける場所ではない。
良くいえば落ちついた閑静な環境、悪くいえば寂しくて少し不便なところ。
でも、だからこそまだ本格的な騒ぎになっていないのかもしれない。
もしもこれが人通りの多い場所ならば、とっくに大騒ぎになっていることであろう。
団地の敷地内に設置されている案内板を頼りに、四十五棟を目指す。
じきに目当ての建屋が見えてきた。
が、ふたりはハタと立ち止まる。
「なに……あれ?」
「これはいったい……」
麟と美空の視線の先にある四十五棟、その屋根の縁にはぎっちりと鳥たちが留まっており、まるで隙間がない。
ばかりか、各階の階段の踊り場のところも似たような状況である。
さらには棟の上にも多数の鳥が旋回しており、周囲の木や路上にも鳥の姿がある。
断トツで多いのはカラスだが、これに混じってハトやスズメだけでなく、サギやモズにシジュウカラ、ムクドリなどもいる。
鳥たちに埋め尽くされた四十五棟が黒い。
にしても話に聞いていたよりも、ずっと多い!
さしものふたりもこれには尻込みし、いったん退散しようとしたのだけれども、その時のことであった。
たむろしている鳥たちが一斉にこっちを向いた。
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