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第十の怪 黒棟(くろむね) その三
しおりを挟むオレンジ色の虹彩に黒い瞳孔をしたもの。
虹彩は黄色く瞳孔が黒いもの。
茶色っぽい虹彩に黒い瞳孔にて縁が白いもの。
黒く円らな瞳のもの。
白っぽい虹彩に点のような瞳孔をしたもの。
きれいな水色の虹彩を持つもの。
黒曜石のように艶のある大きなもの。
四十五棟にいた鳥たちの首が一斉にぐりんと回った。
いろんな鳥の目がじっとこちらを見ている。
ギョッとして麟と美空はおもわずあとずさる。
とても不気味な光景であった、異様な光景であった。
だが不思議と恐怖は感じない。
なんというか……、数に圧倒されるけれども、向けられる視線に強い害意や警戒といったものは含まれていないようにおもわれる。
でも、たんに見られているわけではない。
まるで品定めでもされているかのような、居心地の悪さを感じる。
「うわぁ、いっぱいいる……想像以上だよ。でもどうしてこれで騒ぎになってないんだろう?」
いかに四十五棟界隈が、主な経路からそれた団地のはずれの方にあるとはいえ、さすがにこれだけいろんな種類の鳥が多数集まっていれば、住民たちが騒ぎだしそうなものなのに……
麟がおもいついたままの疑問を口にすると、美空が「たぶん」と言った。
「この棟はもとから空き家が多いのかも。それに住人が単身者や共働きの家庭とかだったら、平日の日中はほとんど留守にしているから」
同じ賃貸料ならば、より立地のいい場所を求める。
富田団地であれば、バス停のロータリー近くか、スーパーマーケットや公園などのそば、あとは敷地内を流れる川沿いも日当たり良好にて人気があって、空き室がでるとすぐに次が埋まってしまう。その一方で不便なところは静かだけれども敬遠されがちであると、美空は聞いたことがあった。
とどのつまりは、ここ四十五棟はあまり人気がないということである。
クラスメイトは登校中に四十五棟の前を通りがかったところを、鳥たちに襲われたと言っていた。
ということは、朝のその時間帯には、もうある程度の数がたむろしていたということになる。
おそらくは住人たちもそのことには首を傾げていたはず。
だが朝の忙しい時間帯のこと、かまっている暇はない。だから「どうせ一時的なことだろう。自然といなくなるはず」とたいして気にも留めなかったのであろう。
「それでも郵便屋さんとか、宅配屋さんとかは来るよね、ソラちゃん。大丈夫だったのかしらん」
「……たぶんだけど、襲われなかったんじゃないかな? ちょっかいを出してこなければ、不気味だけどたんに鳥が多いだけだし」
彼らもまた仕事が忙しい。
それに大人でもある。内心では気味悪がっていても、やるべきことをやってサッサと次へと向かうだろう。
でも、そうなると襲われる者と襲われない者との差は何であろうか?
という素朴な疑問が浮かぶ。
「やっぱり子どもだから襲われたのかな。カラスとか女の人や老人とかにばかり突っかかって、男の人にはあまりちょっかいを出さないって、前にテレビのワイドショーで視たけど」
「でも、それだったら他の子も被害にあってそうなものなのよねえ」
「イヌやネコだと、自分たちのことを好いている人を見分けるって話も聞いたことがあるけど、だとしたらあの子が襲われる理由がないし」
「家でインコを飼ってるって言ってたものね」
麟と美空が「あーでもない」「こーでもない」と言い合うも、四十五棟を遠巻きにしているだけでは結論が出るはずもなく……
とりあえずこの状況を写真におさめてから、ふたりは意を決して近寄ってみることにする。
目指すはトリ婆の住居だ。
場所は一番奥の列の二階の角部屋である。
いつでも逃げ出せるようにしつつ、そろそろと近づいていく。
鳥たちは目で追ってくるだけで、羽ばたきひとつしない。じつにおとなしいものだが、それはそれで気味が悪い。
◇
ズブズブ突き刺さる鳥たちの視線に尻込みしつつも、ふたりはどうにか階段の入り口へと到達した。
が、すぐに顔をしかめることになった。
入り口壁面に設置されてある集合ポストの一ヶ所が、ペンキやらマジックで落書きされていたからである。
落書きの詳細は割愛するが、まぁ、誹謗中傷の罵詈雑言だ。
麟と美空は眉をひそめる。
見ていてあまり気持ちのいいものではない。
丸めてポストに突っ込んであるのは抗議文の類だ。あふれて一部が下に落ちていた。
それを拾って文面を目にするなり、「ひどい」と麟はつぶやいた。
書き連ねているのは攻撃的な言葉の暴力である。第二編集部で記事を書く機会の多い麟としては、とても許容できる内容ではない。
ひと目するなり美空も嘆息した。
「これは風向きが悪いどころじゃないわね。この手の連中はどこにでも湧いてくるけど、自分が正しいと思い込んでいるから、いっそう性質が悪いわ」
トリ婆をとりまく状況はおもいのほかに危うい。
寄ってたかってのあげつらい。非難が高じてどんどん行動がエスカレートして、ゆくゆくは過激な魔女狩りのようになりかねないかも。
ふたりがそんな危惧を覚えた矢先のことであった。
「カァ、カァー」
カラスの甲高い鳴き声がしたとおもったら、これに呼応するかのようにして、一帯にいた鳥たちも一斉に鳴きだした。
鳥の大合唱、鳴き声が天より降ってくる。
コンクリートの建屋、階段内に染み入り反響しては、迫る声たちに麟と美空は呆然と立ち尽くす。
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