白き疑似餌に耽溺す

月芝

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000 序章

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 ほの暗い中で際立っていたのは、肌の白さである。
 月下の雪原のごとき幻想的で淡く、それでいてとても優しい白。
 大きな赤い革張りのソファーにゆったりと横たわっている。
 惜しげもなく晒された裸体を目にした刹那、ぞわり。
 身の毛がよだつ。
 だというのに、なぜだろう。
 それと同時に胸の奥がトクンと跳ねた。

 すらりとした手足、ほどよく引き締まった体、しみひとつない肌、どこか憂いを帯びた整った顔立ち、艶のある唇は花の蕾のようで首筋が細い。肩のあたりで切りそろえられている黒髪は濡れ羽色、そして愛くるしい陰茎――

 よくできた等身大の人形なのかとおもった。
 でもちがった。
 年の頃は十代半ば、少年と青年のあいだぐらい。ちょうど第二次成長期を迎える頃であろう。喉仏は浮かんでおらず、骨格は華奢で肉付きも薄い。ごつごつとしたところがまるでない。髪以外の体毛は生えておらず、肌はつるんとしており、まるで生まれたばかりの赤ん坊のごとき清らかさ。
 まぎれもなく人間である。
 本物の死体――それも世にも稀なる美しい若者の死体であった。
 戦慄はたちまち失せた。奇蹟のような存在を前にして怖さよりも感嘆が勝る。
 おもわず吐息が零れる。

 近づいてみることにした。
 柳眉である。閉じられた目元が涼やかにて、まつ毛が長い。
 見ているだけで頬が火照ってくる。鼓動の高鳴りを押さえられない。

 ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……

 耳障りな音がする。
 何かとおもったら、それは自分の荒くなった息であった。
 そっと指先で骸に触れてみる。
 ひやりと冷たい、けれども柔らかい。まるでマシュマロのようだ。
 マシュマロといえば、この地下室だ。足を踏み入れてからずっと気になっていたことがある。
 それは匂い。
 ほのかに甘い香りが漂っている。
 鼻を近づけて、すんすん。どうやらこの美しい若者の死体が薫っているようだ。
 もぎたての大粒のいちご、それに練乳をたっぷりかけてかじったときのような、そんな香り。
 想像すると無性にいちごが食べたくなってきた。
 一方で、こうもおもった。

『この人はいったいどんな味がするのだろうか』と。

 気になったら、どうしても確かめたくなった。

 舐めたい。舐めたい。舐めたい。舐めたい。舐めたい。
  舐めたい。舐めたい。舐めたい。舐めたい。舐めたい。
   舐めたい。舐めたい。舐めたい。舐めたい。舐めたい。

 衝動が頭の中を駆け巡り、穢れた欲望が埋め尽くす。
 理性はたやすく絡め捕られてどこぞに失せた。
 ごくりと生唾を呑み込み、震える舌先をのばす。
 吸いつくような肌触り、えもいわれぬ味がした。
 快感がほとばしる。恍惚となる。
 かつてない多幸感に包まれ、たまらず腰が砕けてへたり込んだ。
 震える肩を抱く。
 溢れる感情のまま、感涙にむせぶ。


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