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014 窮鼠襲来
しおりを挟む健斗はけっして油断していたわけでも、侮っていたわけでもなかった。
弁護士の阿刀田さんに忠告されたこともあって、己の身辺には十分に注意を払っていた。買い物で町に降りるのを控えさえしていた。
だが窮鼠(きゅうそ)、あるいは妄執に囚われた者は、そんな用心を嘲笑うかのようにして突如あらわれた。
八月に入り世間ではお盆シーズン真っ盛りの頃。
朝の日課である裏山の社の掃除を終えた健斗が、ついでに家の表の方も掃こうと玄関先へ回ったところで、はたと立ち止まった。
降るような蝉の声に混じってかすかに聞こえたのは、車のエンジン音である。
ここは一本道の行き止まり、陸の孤島のような場所だ。だからはじめは空耳かと思った。
けど耳を澄ませてみれば、たしかにエンジン音がする。
周囲は峻険にて、自然豊かな山間部では、思いのほかに音が反響する。それが機械の異音ともなればなおのこと。
音はじょじょに大きくなっていた。
こちらに近づいてきている!
一帯はうちの地所にて、道も私道だ。健斗の許可なく立ち入ることは許されない。
というか、この家を訪ねて来る者といえば、弁護士の阿刀田さんぐらいだ。
そんな彼とても忙しい仕事の合間に、二度ほど様子を見に来ただけである。その時もいきなり押しかけるなんてことはせずに、事前にことわりの電話を入れてきた。
「新聞の勧誘……はさすがにないか。いったい誰だろう」
郵便物は局留めにしてあるし、荷物も営業所で受け取るようにしている。
というか、最寄りの県道まで往復で二時間もかかるこんな僻地、追加料金を払っても配送業者に敬遠される。
健斗が門前に立ち双眼鏡を覗いていたら、やがて私道の向こうから近づいてくる一台の赤い軽自動車があらわれた。
ナンバープレートからしてレンタカーである。
運転席にてハンドルを握る女の姿を確認するなり、健斗はたちまち目元を険しくして、ぎちりと奥歯を噛んだ。
「――っ! 彩子。どうして彼女がここに……」
◇
二度と会いたくなかった女を前にして、健斗は苦虫を噛み潰したような表情となるのを押さえられない。
だというのに、当の相手はけろりとしたものにて、「ひさしぶりね」と懐かし気に笑みさえ浮かべた。
そこに健斗が知る彼女の面影はほとんどない。
杉浦彩子は桐谷陽太と知り合ってから、すっかり変わってしまった。
黒い艶髪を派手めの茶色に染め、おさげはばっさり切ってショートボブになった。眼鏡をはずしコンタクトになり、耳にピアスの穴も開け、化粧も濃くなった。体のラインを強調し、露出の高い服装を好むようになり、足下のパンプスはカカトの高いヒールになった。
でも、いまはスニーカーを履き、ゆったりとしたアイボリーのワンピースを着ている。
一見するとわからないが、きっと目立ち始めたお腹を隠すために選んだ服装なのだろう。
そう、健斗は彩子が妊娠していることをすでに知っている。
阿刀田さんが報せてくれたのだ。
その時、阿刀田さんはこうも言っていた。
『まことに信じがたいことですが、彼女はお腹の子を健斗くんの子どもだと主張するつもりのようです。もしくは健斗くんの優しさにつけ込んで、寄生するつもりかと』
無茶苦茶である。いまどき托卵なんぞ、DNA鑑定ですぐにバレるというのに。
優しさにつけ込んで寄生する?
冗談じゃない! あれほどの仕打ちをしておいて、どこをどうひっくり返せば、そんな都合のいい考えに至るというのか。
まったくもって健斗には理解できない。
だから早々にお引き取り願おうとするも……
「うぅ、お腹が……。ごめんなさい、ずっと車の運転をしていたせいか、ちょっと負担がかかっちゃったのかも。健斗がいろいろ言いたいことはわかってる。もの凄く怒っているのも。でも、お願い、少しでいいから休ませて」
彩子は急にしゃがみ込んでは苦しそうにお腹を押さえながら、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
自分が妊婦なのを逆手にとっての狡猾な物言い。その瞳には甘えと媚び、打算がありありと浮かんでいる。
どうせ嘘だ。でもひょっとしたら……
一抹の不安がよぎる。迷いが生じた。
それにこれで叩き返したら、健斗が完全に悪者である。
月並みではあるが、お腹の子に罪はない。
健斗はそう自分に言い聞かせて、しぶしぶながら彩子を家の中に招き入れた。
先を歩く健斗、そのうしろからついていく彩子の顔が歪み、にちゃりと薄ら笑いが浮かぶ。
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