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030 生餌
しおりを挟む残された足跡を辿るようにして、陽太はついに畏御山へとやってきた。
「……ずいぶんとシケたところだな」
まばらに生えている白樺(しらかば)の木が点在するだけで、すかすか。
周囲の山々は植生が旺盛なのに、この一帯だけ枯れているかのよう。まるで生命の息吹が感じられない。日中であるのにもかかわらず、どこかくすんでいる。まるでやせ衰えた老婆のような灰色の景色は、眺めているだけで気が滅入ってくる。
どうやら獲物はここに逃げ込んだらしい。
陽太はバールを握り直すと斜面をのぼり始めた。さらに追跡を続行する。
が、かなり奥の方まで踏み込んだところで、肝心の足跡がふつりと途切れてしまった。
「なんだ? どうしてこんなところで――」
地面が固くなっているわけでもなく、付近に足跡を誤魔化せそうな岩場や木の根も見当たらない。先に進もうとすれば、どうしたって痕跡が残るはず。
立ち止まり陽太が訝しんでいると、不意に右斜め前方にてがさりと音がした。
見れば木陰から背中らしきものが、ほんの少しはみ出ている。
頭隠して尻隠さずというやつだ。
「見ぃつけたぁ」
にぃと厭らしい笑みを浮かべた陽太は嬉々として駆け出し、いきなりバールを思い切り振り下ろす。
ヒット!
ドサリと相手が倒れる。
でも殴った陽太の方が首を傾げた。感触がおかしい。人の肉を打ち据えたのとは明らかに違う手応え、まるで固い物を殴ったかのような……
それもそのはずだ。なにせ獲物かとおもわれたそれは、適当な長さの倒木にジャケットを羽織らせた囮だったのだから。物音は投げ石によるもの。消えた足跡のトリックは熊の戻り足を参考にした。
「くそがっ、あの野郎、オレをおちょくってんのか? ふざけた真似をしやがっって!」
顔を真っ赤にした陽太は、怒りの衝動にまかせて、物言わぬ囮をバールにて滅多やたらと打ち据え、憂さを晴らす。
でも、そのさなかのこと。
ヒュン!
背後から鋭い風切り音がして「あっ」
急に左足に激痛が走り、たまらず陽太はうずくまる。
見れば膝下が裂けており、血が流れていた。少し離れた木の幹には、ボウガンの矢が突き立っている。どうやらうしろから狙い射ちにされたらしい。でも、矢は足をかすっただけではずれた。
痛みをこらえてふり返れば、そこにはボウガンを構える飼部健斗の姿があった。
陽太は嘲りの笑みを浮かべる。
「あ~あ、惜しい。せっかくの大チャンスだったのに残念だなぁ。にしても肝心なところではずすたぁ、さすがは負け犬のクソ雑魚だけのことはあるぜ」
「……」
ボウガンは素人でもわりと手軽に扱えるものの、次の矢を装填するのに時間がかかる。
それを知っている陽太は痛みをこらえて、ひと息に健斗へと駆け寄った。
「おら、死ねやっ!」
バールによる乱雑な横殴り。
健斗はボウガンを破棄し、近くの木の裏に隠れこれを防ぐ。
ガッっと鈍い音がして木の皮が抉れ、破片が飛び散った。
だが陽太は止まらない。
「死ね! 死ね! 死ね! とっととくたばりやがれ!」
目が血走っており、ぶんぶんとバールを振り回しては、「ははは」と笑いながら逃げる健斗を追う。興奮しアドレナリンが出ているのだろう。足の怪我や、流れる血などはおかまいなしに暴れる。その姿は誰彼かまわず吠えては、噛みつく狂犬そのものであった。
狂犬と対峙している健斗は、懸命にバールの攻撃を避け続けてはいたものの、ついに捉えられしまう。
木の根に足を引っかけ、うっかり尻もちをついてしまったせいだ。
そこへバールが容赦なく振り下ろされる。
脳天めがけて迫る一撃、とっさに横に転がって健斗は避けた。
でも、はずみで斜面を転がり落ち、その先で木の根元にぶつかってしまった。背中を強打し、すぐには立ち上がれない。
陽太がバールを引きずりながら、健斗のもとへゆっくりと近づいてくる。
「そろそろ鬼ごっこにも飽きたし、しまいとするか」
トドメを刺すべく陽太が両手にて高らかにバールを振り上げた。
だがしかし、そこで陽太は急にガクリと左膝をつき、バールをも取り落としてしまう。
「あれ? なんだ……これ……手足が痺れる。か、体が……何かおか……し……い……」
ふらつき呂律が回らなくなり、小刻みに震えだす陽太に、立ち上がった健斗が告げた。
「ようやく毒が回ってきたようだね。よく効くだろう? ドクゼリだよ。山菜のセリに似てるんだけど、けっこうその辺に生えていてね」
ドクゼリは日本三大有毒植物に数えられている。
家畜の餌にドクゼリが混じっていて牛や馬が死亡したケースもあり、これの毒の怖いところは経口摂取のみならず皮膚からも吸収されること。
先ほど健斗が放ったボウガンの矢には、ドクゼリから抽出された毒がたっぷり塗られてあったのだ。
そして健斗が陽太を挑発するかのようにして、のらりくらりと逃げ回っていたのは、毒の回りを早めるため。
矢ははずれたのではない。わざとはずしたのだ。
ついに動けなくなり、陽太は地面に突っ伏す。それでもなお健斗をねめつけ「て……めえ、卑怯……だぞ」と苦しげに吠えた。
この期に及んでもまだそんな憎まれ口が叩けるのかと、健斗は呆れつつ、ズボンについた枯れ葉や土などを入念に払う。
そして陽太を残して、ひとり畏御山をさっさと降りた。
健斗の背中がみるみる遠ざかっていく。
だからてっきり警察でも呼ぶのかと、陽太は考えたのだけれども――
「オイヌサマ、活きがいいうちにどうぞお召し上がりください」
麓の方からそんな声が聞こえた。
とたんに山全体がざわり、明らかに空気が変わる。ねっとりと不快な湿り気を帯びたかとおもえば、背後の森の奥から、ザザザザザ……
もの凄い勢いで何かが近づいてくる。
陽太はどうにかして首を動かし、そちらへと目を向けた。
でも視界の隅にてその正体を知るなり、見たことを心の底から後悔した。
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