乙女フラッグ!

月芝

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008 渡り廊下の戦い

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 ギィン! ギャン! キィン! キンッ!

 鋭い衝突音が鳴り響き、火花がパッと咲いては消えてゆく。
 ヒュンヒュンとの風切り音、複数の鋼糸を操り次々と攻撃を仕掛けるのは夾竹である。
 どれも必殺の威力を持ち、ほんのわずかにでも触れればたちまち皮膚が裂け、まともに当たれば千里の手足なんぞは骨ごとたやすく両断されることであろう。
 にもかかわらず一期は一歩もひかず、腕ではじいていた。
 いや、より正しくは前腕に添うようにして生えた刃によって。
 黒鉄の刀身にやや反りがある片刃、表面に浮かぶ波紋が美しい。

 この攻防により両者の正体が判明する。
 小柴夾竹は絡新婦の妖であり、粟田一期は妖刀の化身であったのだ。
 一期の言っていたことは本当であった。

 目の前で繰り広げられる人外同士の戦い。
 ただの人間の小娘でしかない千里は、いちおう木刀を構えてはいるものの、守られるばかりで何もできない。迂闊に手を出したら、かえって一期の足を引っ張ることになる。
 せめて邪魔にならないようにと、じりじり後退し離れようとする千里であったが、あいにくと渡り廊下から抜けることはできなかった。
 いつの間にか後方に蜘蛛の巣が幾重にも張りめぐらされていた。
 さながら白い壁のよう、試しに木刀の切っ先で小突いてみたが、まるでゴムタイヤみたいな感触にて、千里の力ではとても破れそうにない。

 前方には夾竹がいて、後方はすでに塞がれている。
 渡り廊下には明かりとりの小さい窓しかない。
 どこにも逃げられない……袋のネズミだ。
 まんまとこの場所に誘い込まれたのだと、千里は遅まきながら気がつく。
 そんな状況下で、一期は旗役の乙女を庇いながらの戦いをしいられている。
 一見すると両者の実力は互角、戦いは拮抗しているように見える。
 だが、よくよく観察してみたら違う。
 千里の目には、ふたりがあまり相性がよくないように映っていた。

 夾竹は糸を変幻自在に操る中遠距離タイプで、糸の性質までコロコロ変えては使い分ける芸達者ぶり。
 一期は体の一部を刃に変化させて戦う近距離タイプで、反応はよく敵の動きもよく見えている。相手の攻撃をたんにはじき返すだけでなく、ときおり鋼糸を断ち切っているので、斬れ味では勝っているのであろう。
 だが両者の手数と間合いには、あまりにも差があり過ぎた。
 夾竹の猛攻をしのぎつつ、どうにか接近を試みる一期であったが、飛び込んだ先には糸の罠が張られている。
 設置型のトラップをも駆使する夾竹は、かなりの戦巧者だ。
 いや、戦い慣れしていると言うべきか。

 何もできない、自分が完全に一期の足枷になっている。
 千里は下唇を噛む。人外領域の戦いにてしょうがないとはいえ、このままやられるだけなのはあまりにも悔しい。

「いまの私にもできること、何かないかな」

 つぶやく千里であったが、そう都合よく妙案なんて降りてこない。
 焦りと緊張で額に珠のような汗が浮かぶ。千里はスカートのポケットからハンカチを取り出そうとするも……
 カチャリ――小さな音がした。
 音を立てたのは携帯用の制汗スプレーだ。運動部女子のたしなみとして、つねに持ち歩いている品である。
 指先がソレに触れたとき、千里はピコンとあることを閃く。

  ◇

 破壊の嵐が吹き荒れ、ギラギラと閃く鋼糸と刃が交差しては乱舞する。
 天井の石膏ボードが叩き落とされた。
 余波で照明の蛍光灯がはずれるも、落ちて割れるよりも先に輪切りとなる。
 両壁のそこかしこがバックリ裂け、床が大きく抉れた。
 小窓のガラスが窓枠ごと斬られてる。ぽろりと外側へと抜け落ち、開いた箇所から陽光が差し込む。陽射しに照らされて空中の塵がキラキラ光る。
 みるみる渡り廊下が痛み、傷だらけになっていく。
 一進一退の攻防、苛烈な戦いが続く。
 さなかに夾竹は一期に語りかける。

「じつは前から不思議だったのよねえ。どうして一期くんはそっち側なの? 夕凪組の連中なんかに手を貸しているの?」
「………………」
「どう考えても、あなたはこっち側だと思うんだけどなぁ」
「………………」
「ねえ、お姉さんに教えてよ。どんな気分? 散々に人や妖をぶっ殺しておいて、いまさら――」
「……うるさい、黙れ」

 前髪の奥から一期がキツとにらむ。
 怒気まじりの殺気をぶつけられて、一瞬、夾竹が怯んだ。
 が、それでも彼女は口をつぐまない。

「ほら、その目よ。おぉ、怖い。でもいいわね、ゾクゾクしちゃう。とってもセクシーよ。あぁ、やっぱりあなたはこっち側の妖だわ。
 ねえ、そんな小娘なんてさっさと始末して、お姉さんといいことしない?」

 どこまで本気なのかはわからない。
 揺さぶりをかけるための心理的駆け引き、あるいは謀(はかりごと)なのか。
 だが、それに対する一期の返答は簡潔にして明瞭であった。

「いい加減にその口を閉じろ。さっきから息が臭いんだよ、ババア」
「――っ!」

 サッと夾竹の顔色が変わった。
 まなじりが吊り上がり、その赤い瞳が爛々と。

「このクソガキ、優しくしてやればつけあがりやがって。いいだろう、そんなに死にたいのならば、小娘ともどもぶっ殺してやるよ!」

 激昂した夾竹の身に異変が生じる。たちまち彼女を中心にして不穏な妖気が膨れ上がっては、その輪郭が揺らめきぼやけた。
 とおもったら、上半身はそのままに腰から下が蜘蛛という異形の姿が出現する。


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