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009 化生
しおりを挟む上半身が女体で下半身が蜘蛛、蜘蛛女のアラクネと呼ばれる怪物。
怒れる夾竹が正体をあらわし、化生の姿となった。
こちらを見下ろし、夾竹がにへらと笑ったとおもったら――
ドンッ!
突き込まれたのは八本ある蜘蛛足のうちの一本。
鋼糸での攻撃と同時に、節々した長い足を槍のごとく放つ。
糸の方にばかり気をとられていた一期は対処できず、まともに蹴りを喰らってしまった。
一期の身が大きくはじかれる。
自分の方へ飛んできたもので千里はあたふた回避した。
いささか薄情ではあるがしょうがない。たとえ千里が体を張ったところで、大の男を受け止めるのなんてできっこないのだから。
おかげで千里は助かったものの、一期はそのまま逃げ道を塞いでいる蜘蛛の巣へとぶつかってしまう。
でもきっと大丈夫……なぜならさっき千里が確認したら、巣は弾力のあるゴムタイヤのような感触であったからだ。ダメージをある程度吸収してくれるはず。
だが、千里の予想は半分当たって半分はずれた。
背中から蜘蛛の巣に激突した一期は「くっ」と苦悶の声を漏らすも、すぐに立ち上がろうとする。
しかし、おもうように立ち上がれなかった。
体がベタつく蜘蛛の巣にくっついてしまい、はずそうとするほどにより絡めとられてしまう。
――蜘蛛の糸の性質変化!
ゴムタイヤのようであったものが、瞬時に軟化してトリモチのようにねちゃねちゃになっている。
硬くしたり柔らかくしたり切れ味を増したり、自在なのは知っていたが、よもや遠隔操作も可能だとはおもいもよらなかった。
恐るべき夾竹の能力、囚われた一期、千里たちは危機的状況へと追い込まれた。
さながら一期は蜘蛛の巣にかかった憐れな蝶といったところ。
どうにかしてはずそうと千里も手を貸すが、ちっともはずれない。
ふたりのもとへ、八本の足を動かしてはのそりのそり、夾竹が悠々近づいてくる。
その気になればひと息に距離を詰められるはずなのに、あえてゆっくりと多脚を動かしている。
こちらの恐怖心を煽り、じっくりと嬲るつもりなのだろう。
ニィと口の端を持ち上げ、夾竹が妖艶な笑み。
その赤い瞳の奥には底意地の悪さ、嗜虐心が透けて見えており、千里は身の毛もよだつ。
「さぁて、どっちから片付けてあげようかしらん。
う~ん、ここはやっぱり一期くんに反省をうながすためにも、この子の手足を切り落として、苦しみのたうち回る姿を見せつけるのがいいかな、それとも……」
夾竹は猟奇的なことを平然と口にする。
けっして趣味の悪い冗談でないことは、彼女の目をみれば一目瞭然であった。
カラン……
目を合わせた瞬間、全身に冷や水を浴びせられたような感覚に襲われる。
指先が痺れたようになって力が入らない、千里は木刀を取り落とす。
ばかりか腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。
うつむいたまま動かない千里に、夾竹はズイと前のめり、顔を近づけては全身をねめまわしつつ、
「あらあら、こっちの子はもう戦意喪失かしら? つまんないわね。おとなしい獲物なんて狩り甲斐がありゃしない。
でもまぁ、なんの取り柄もないただの小娘なら、しょせんはこんなものよね。
それに比べてうちのチームの旗役に選ばれた子は、ずいぶんと肝が座っていたこと。
あれはたいしたタマだわ、オホホホホホ」
なんぞと嘲笑する。
でも、その時のことであった。
出し抜けに千里が動いた。隠し持っていた制汗スプレーを夾竹の顔めがけて放つ。しかもただ放ったわけではない。もう一方の手にはライターが握られていた。これは一期の持ち物だ。さっきどさくさに紛れて彼の上着の内ポケットから拝借したものである。
ボウッ! 制汗スプレーから噴射されたガスにライターの火が引火する。
ほとばしる炎、すっかり油断していた夾竹はまともに受けて「ぎゃっ!」
携帯用の小さな缶ゆえに、火力そのものはたいしたことがない。
だが至近距離で放たれた夾竹は、驚きのあまりつい目を閉じてしまう。
そこをすかさず千里の木刀が一閃する。
「くたばれっ!」
渾身の力で放たれた木刀の切先が、夾竹のこめかみへと吸い込まれた。
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