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月芝

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059 虚空見神社(そらみじんじゃ)

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 饒速日命(にぎはやひのみこと)が天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)を携えて、多くの供(とも)を従え、天磐船(あまのいわふね)に乗って飛来す。
 上空から地上を眺め「虚空見(そらみ)つ日本(やまと)の国」と云われたのが、日本という呼び方の始まり……
 と、日本書紀に記されている。

 この神話に由来しているのかは定かではないが、それっぽいともっぱらの評判なのが市内にある虚空見神社だ。
 小高い丘の上にある神社で、麓から長い石段をおっちらのぼって拝殿まで行かねばならない。
 若者の足でもけっこうたいへん。運動部の生徒でも「ふぅふぅ」息をしては汗だくになるぐらいだから、年寄りにはかなりキツイ。
 ちなみに、この石段を鏡餅を背負って上り下りし、百日参りをすれば健康になれると云われている。
 が、たぶんご利益は関係ない。こんな場所を行き来していれば、ふつうにムキムキかつ丈夫になる。
 なんぞという話はさておき。

 虚空見神社はナゾ多き場所である。
 まず建っている丘なのだが、ずっと昔から地元民らの間で「あそこってば、ひょっとして古墳じゃね?」とまことしやかに囁かれている。
 じつは周辺に似たような地形が点在しており、それらの大半が古墳であったもので「もしかしたら」と疑われており、郷土史家らの間では論争が紛糾している。

「天磐船が安置されているのかもね」

 というトンデモ説もあるが、さすがにそれは歴史ロマンが過ぎるだろう。
 ならばとっとと境内を掘り返して、白黒はっきりつければいいのだが、とかく寺社仏閣、神域絡みの地権はややこしい。気軽にここ掘れわんわんとはいかない。
 そのため疑惑は疑惑のままに、現代へと至っている。

 起縁からしてうさんくさい……ゲフンゲフン。
 もとい、神秘的な虚空見神社をよりややこしくしているのが、境内の有り様だ。

 そこそこ立派な桜門があって、ふつうはその両側に神像などが飾られている。お寺の仁王さんみたいに。
 なのに虚空見神社の桜門ときたら、剣と矢を模したものがぽつんとあるのみ。
 たぶん剣は布都御魂劔(ふつのみたまのつるぎ)で、矢は天羽々矢(あめのははや)のつもりなのであろうが、この造りが素人目にも首を傾げる出来なのだ。
 もしもこれが名の通っている大社ならば、饒速日命や宇摩志麻治命などの神像に武具を持たせたものを飾っている。

 絵馬殿横には御牛の石像があるのだけれども、立っておらずだらりと寝そべっているポーズ。頭を撫でれば賢くなるそうだが、とてもそうは見えないほどのだらけっぷりにて、参拝客らの失笑を誘う。

 御牛像より境内を挟んだ反対側には神馬のブロンズ像もあるが、こちらは直立不動にて躍動感は皆無。
 そのくせ、なぜだか背中にサルがのっている。
 しかも参拝客に尻を向けては、小馬鹿にするポーズにて、これがまた憎たらしいのなんのって。
 あまりの小憎たらしさに、ムカっとして投石する参拝客があとを絶たず。
 その煽りを受けて神馬の横っ腹が傷だらけとなったもので、「投げるなキケン」の立て看板が設置されるほど。
 なお、どうしてサルがそこにいるのかは不明。

 他にも境内には、大小のカエルの石像がそこかしこにいる。
 この数がまた尋常ではない。
 数えた暇人によれば、煩悩の数よりもずっと多かったとのこと。
 いちおう境内には水神を祀っている小池と社もあるので、その絡みかとおもわれるが、軒を貸して母屋を取られているっぽいように見えるのは、気のせいであろうか?

 御神木は……
 去年の台風でポッキリ折れた。
 なかが虫食いだらけでスカスカだったので、時間の問題だったらしい。
 名物の梅の木もあったのだけれども、こちらも同様にペッキリ逝った。

 立派な三重の塔がある。
 お寺ではお馴染みだが、神社では珍しい。
 けど、内部には階段がなくて、上に登れない仕様にて「ナニこれ?」

 千羽鶴納所は、文字通りそのままの場所だ。
 作ったもののかさ張るし邪魔になった……え~コホン、失礼。
 役目を終えた千羽鶴を奉納し、一定期間祀ったのちにお焚き上げする。

 境内の奥には、小さい社が並んでいる区画がある。
 野身神社、皇大神社、春日神社、厳島神社、日吉社、金毘羅社、稲荷社、荒神社などの分社がずらずらり。そのすべてに賽銭箱が設けられており、圧巻である。
 あまりの節操の無さに参拝客らは「ここはいったい何を祀っている神社なのかしらん?」と首を傾げずにはいられない。
 でもって、実際のところ、主祭神が不在なのだから困りもの。
 いちおうご神体として大きな鏡を祀っていることから、「たぶん天照大神なんじゃないかなぁ」とはされているが、はてさて。

 そんな虚空見神社が、旗合戦を締めくくる第五幕の舞台に選ばれた。
 事前に届いたメールに従い、関係者一同が神社のある丘の麓、石段の入り口にある一の鳥居のところに集う。
 今回は全員参加となっており、旗役の乙女を含め総勢十二名が出揃った。
 こうして一堂に介するのは最初で最後になるだろう。
 千里はそれとなく相手チームの様子を伺っていると、見覚えのない顔があった。
 和装の老爺で杖を手にした姿は、七福神の福禄寿のパチモンっぽい。
 たぶんあれが第三幕のおりに、大量の木人らをけしかけてきた者であろうと千里は推察する。

 第五幕のルールは簡単だ。
 石段をのぼった先にある本殿にて、ご神体の大鏡へ先に触れた方が勝ちというもの。
 でも、これまでのことを考えると、そんな単純なわけがない。きっとひと筋縄ではいかないはず。
 その答えはすぐに判明した。
 灰色の巻き尾をした黒子の涅子が、手にした旗をばさりと振る。
 旗合戦の開始の合図だ。

 勢いよく駆け出す一同。
 一の鳥居をくぐったところで、目の前に広がる光景におもわず全員が立ち止まり、千里も「なんじゃこりゃあー!」


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