四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝

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035 マジック、ドロン、霊感少女は墓穴を掘る

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 ついに放課後になってしまった。
 わたしと霧山くんは別々に教室を出る。向かったのは丸橋小学校にほど近い池のある公園。つい先日、月野愛理がネコ化けしたわたしを相手に大泣きしたところである。
 夕方近いのでやや陽は傾いてはいるもののまだまだ暑い。
 ときおり吹く風は生ぬるく、元気なのはセミぐらい。
 初夏の陽射しにてギラギラ光る池のほとりで対峙したわたしたち。

「じゃあ、そろそろ教えてくれるかな? どうして奈佐原さんがカズおじさんのところにいたのか。あれ以来、カズおじさんの様子がちょっとおかしいんだよね。
 これまで身なりに無頓着で出不精だったのに、オシャレをしてはしょっちゅう出かけているみたいだし。大きな賞の授賞式ですらも『めんどうくさい』ってすっぽかしていたのに……」

 霧山くんの言葉から察するに、どうやら渡辺和久は何も話していないみたい。
 そりゃあ入院している憧れのマドンナのところに足しげく通っているだなんて、照れくさくて言えやしないだろうけど。二人のえにしがこの先どうつむがれるのかはわからないけど、ある程度の目途がつくまではけっして口外しないだろう。あれはそういう男だ。
 そんな男の世話をずっとしてきたのが遠縁にあたる霧山くんのところ。しかしそれもじきに終わる。霧山家はお父さんの仕事の都合で一学期を終えたら引っ越すから。
 ゆえに霧山くんは心配しているのだ。残していくおじさんのことを。もしかしたらヘンな女に騙されているのでは? と疑っているのかもしれない。
 わたしはそんな霧山くんを「やっぱりやさしい人だなぁ」とつくづく思う。そして彼はやさしいだけではなく聡くもある。生半可な言い訳ではとても許してくれそうにない。
 ならばと、わたしがひねり出した解答がコレだ!

「ふっふっふっ、じつはずっと隠していたんだけど、わたしはすごい霊感少女なのです。だからいろいろ視えちゃったんだよねえ。で、ついお節介を焼いてしまったと」

 腰に手をあて、つつましやかな胸を精一杯にそらし、堂々とそうのたまってやったら霧山くんがキョトン。彼の目が点になった。
 ですよねー。言ってる自分自身が「こいつ頭、だいじょうぶか」って心配になるもの。あとめちゃくちゃ恥ずかしい。
 だがしかし、あえてあえて押してまかり通る。

「あっ、その目は信じてないでしょう。もぅ、しょうがないなぁ。だったらちょびっとだけチカラを見せてあげる。えーと……」

 信じてないというか、あきらかにあきれている霧山くんを無視してわたしは自分のランドセルをがさごそ。とり出したのはノートとペンケース。
 ノートのページを一枚破って、それといっしょに鉛筆を霧山くんに手渡す。

「はい、これ。わたしは池の向こうに行ってるから、その間に好きな数字でもアルファベットでも漢字でも、なんでもいいから書いて紙を折りたたんでポケットにでもしまっておいて。準備が終わったら手を振ってしらせてね」

 なかば強引にことを運び、わたしはスタスタ歩き出す。
 霧山くんから少し遠ざかったところで身につけている髪留めに話しかける。

「じゃあ、生駒、あとはお願いね」
「あいよ、まかしておきな」

 稲荷の眷属である三尾の灰色子ギツネの生駒。彼女は神通力にていろんなモノに化けたり、姿を消したりできる。そのチカラを使って霧山くんが紙に書き込む内容を盗み見してわたしに教える。とどのつまりはインチキである。それが今回の茶番の正体である。
 ない知恵を絞りに絞って、わたしは決めた。
 木を隠すならば森の中ではないけれども、どうせウソをつくのならばより盛大に、荒唐無稽なもので、ドロンと煙にまいて化かしてしまえと考えた次第。コンコン稲荷だけにね。

  ◇

 池の反対側に到着。柵に両肘を預けながらわたしは対岸を眺める。
 我ながら阿呆な作戦だとは思う。そしてこれからはもうすこし勉強に身を入れようとも思った。だって賢いのと阿呆だったら賢い方がいいに決まってるから。ついでに「今回のはひどいインチキマジックだけど、マジックってもともとタネがあるから、そういった意味では手品そのものがインチキになるわけで。ということはインチキマジックという表現はおかしいのかしらん」などというくだらないことをぼんやり考えつつ合図を待つ。
 しばらくしたら霧山くんが手を振ったので、わたしは彼のもとへと戻る。
 道すがらこっそり合流した生駒。ごにょごにょと霧山くんが書いた内容を報告。
 それを受けてわたしはふたたび霧山くんの前へと立ったところで、彼の眼前にビシっとひと差し指を突きつけ、「ずばり、上から順に『風の館殺人事件』『竹林に眠る』『誰もいない城』だよ」と告げる。
 瞬間、霧山くんの端整な顔が驚愕に歪む。「そんなバカなっ!」
 そりゃあそうだろう。この種の手品は数々あれどもここまで複雑なものを、ばっちり当てるのなんてないもの。
 ましてやここは屋外。仕込みの類も皆無ときては、霧山くんがびっくりするのも当たり前。
 ちなみに彼が書いたキーワードは、覆面作家である岬良こと渡辺和久の作品群の中でも、とくに評価が高い三作品である。
 いくらなんでもまさかこれは当てられまい。そうたかをくくっていた霧山くん。よもやの超展開におもわずよろめく。それでも目の前の現実を認めることができずに「まさか、いや、そんなはずが……。霊感少女なんてありえない。ウソだろう。これだってきっと何かトリックが」とぶつぶつ。
 キラキラ王子さまがたいそう困惑している。
 うん。悩めるイケメンは絵になるねえ。
 でもあんまり悩ませるのも悪いので、わたしはここで次の一手を放つ。

「そうだよ。これってインチキだから」わたしはシレっと告白し、ペコリと頭を下げた。「ごめんなさい。いまはまだ言えないの。でも心配しないで、あなたのおじさんはけっしてヘンなことに巻き込まれているわけじゃないから。むしろステキなことだから。それだけは絶対なの。だからどうかおじさんを信じて静かに見守ってあげて下さい」

 わざわざインチキマジックを披露した上での、よくわからないお願い。
 こちらの狙いとしては、霧山くんに「奈佐原はなにやらヘンテコなことができるっぽい」と思わせることと「あなたの大切なおじさんはだいじょうぶ」と安心させること。
 いっそのこと正直に何もかもぶちまけることも考えたが、それはやめた。だって理知的な彼に稲荷だの神通力だのという話が通じるはずがないもの。「バカにするな」と怒られるのがオチだろう。それならばまだ手品が得意な自称霊感少女の方がましだとわたしは判断した。
 この科学全盛の時代、奇々怪々なことなんぞは存在しない。もしもあったらそれはなんらかのトリックによるもの、もしくは錯覚やらかんちがい。
 とふつうの人ならば考える。
 だったらすべての不可思議現象は、タネも仕掛けもあるトリックのせいということにしてしまえ。

 深々と頭を下げ続けるわたし。
 やがて「はぁ」と深いタメ息が降ってきて霧山くんが「もういいよ」と根負け。

「わかったから頭をあげて、奈佐原さん」

 おそるおそる顔をあげたら、いつもの霧山くんがいた。
 先ほど彼が口にした「もういい」が「承知した」なのか「あきれた」なのか。その表情からは読み取れない。なにせ相手は百戦錬磨の仮面王子。己の真意を隠すことにかけては他の追随を許さない猛者だもの。ただ少なくとも怒ってはいないっぽい。
 しかしそんな猛者であるがゆえに、ただでは引き下がらない。
 さらりと彼がつぶやいた。

「『いまはまだ言えない』ってことは、いつかはちゃんと教えてくれるってことだよね? でもぼくはじきに転校しちゃうから、できるだけ早くしてくれると助かるんだけど」

 どうにか煙にまいてドロンと逃げおおせたと油断したところで、ズドンと一発。
 しまった!
 うっかり言質をとられてしまい、わたしはあわあわ。
 ずいとイケメンスマイルで「だよね?」と迫られる。
 たまらずわたしはしぶしぶうなづくことに。
 そのとき髪留めに化けている生駒が嘆息。

「あーあ、この子はまた。本当に結はドジだねえ」


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