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122 男花火
しおりを挟む戦いが始まるなり、ルーシーの分体が付近の茂みへと飛び込む。
これを追尾するのは二人。
残り三人はこの場でセレニティと対峙したまま。
「いいのかい? ちっこいのを一人にしちまって」
「かわいそうに。ありゃあ、全身バラバラにされちまうな」
「生きたまま目玉をえぐるのは楽しいからねえ」
三人の男たちの野卑た挑発を受けても、セレニティは微動だにしない。
夜のしじまにて、ただ静かに水辺に立ち尽くすばかり。
あまりの反応の無さに舌打ちした男たちが躍りかかる。
ダガー二刀流の使い手が三人。獲物を切り刻もうと六枚の凶刃が閃く。
しかしこれらをすべて軽やかにかわしてみせたセレニティ。
三方位からの同時攻撃をも、するりと跳ねてかわし、そのまま池の水面へちょんと降り立つ。足下にて小さな波紋が起こり、水に映った月がゆらめく。
「キシシシシ、やるねえ。だが水場ならオレたちの動きが鈍くなるとおもったら大間違いだぜ。このイブニールさまをあまり見くびってくれるなよ」
言うなり急に男たちが真横にぴょんと跳ねた。
距離はたいしたことない。せいぜい大人の歩幅で二歩ほどといったところ。
そして着地するなり、またもや反対へと跳ねる。
まるで反復横跳びのような動作。
でもどうして戦いの最中にそんなムダな動きを? セレニティがふしぎそうな顔を向けるが、すぐにその表情がやや険しくなった。
動きが明らかにおかしい。
ぴょんぴょんと回を重ねるごとに速度が目に見えて増している。
「ターンターン」というリズムが「タンタン」となり、ついには「タタタ」とかなりの高速化。
そして横の動きがふいに縦となって突っ込んできた。
先ほどまでとは比べものにならない突進力。
それでも十分な余裕をもってセレニティはこれをかわす。
空を舞う死の乙女と呼ばれる伝説の種族。ハイボ・ロードに数えられる身体能力は伊達ではない。
が、かわした次の瞬間にはすぐにまた追撃。
これも難なくかわすも、一撃目よりも二撃目、二撃目よりも三撃目、あきらかに動きが加速している。それも倍々に。
どうやらこれがこの男の異能だと気づいたときには、すでにかなりの速度へと到達しようとしていた。
「キシシシ、少しはおどろいてくれたかい? これがイブニールさまの反射能力さ。自分を玉に見立ててポンポン跳ねれば、あらふしぎ。じゃんじゃん速くなるってね。さぁて、いつまで器用に避けていられるかな」
かわすほどに速くなる敵。
動きはやや直線的ながらも、数が揃えばその欠点を補ってあまりある。
しかも相手の連携がオービタルたちに準ずるレベルとあっては、なかなか反撃の糸口がつかめず、防戦一方へと追い込まれるセレニティ。
それは終始責め立てているイブニール側も重々承知。
だからじきに片がつくだろうと余裕だった。
だがそんな彼らの目のまえで、ふいにセレニティが水面に手をつく。
ついに諦めたのかと思った次の瞬間、公園の池の水がいっきに噴き上がり盛大な水柱をあげた。
セレニティの掌底による衝撃波によって、池の水が暴れる。
そこに突っ込んでしまったイブニールたち。
ほんのわずかだが水の抵抗に囚われ突進力が鈍る。
その好機をセレニティは見逃さない。
一人目は肘から射出されたトゲをカウンター気味に顔面にくらい、そのままどぅと倒れた。
二人目は突っ込んできたところを、すれ違いざまに肘と膝に上下から挟まれ、内蔵と背骨を同時に砕かれる。
三人目は真正面から踏み込まれて胸に肘打ちを喰らったのちに、その肘打ち状態から投石器のように跳ね上がった裏拳にてオデコをぐしゃりと潰された。
無言のままで三つの死体を見下ろすセレニティ。
すると彼女が見ているまえで、その死体がぶくぶくと泡になって消えてしまった。
セレニティが男三人と戦っているのと時を同じくして、森の中。
お人形さんを追いかける二人の男。
ときおり振り向きざまに放たれる銃撃を男たちは難なくかわす。たしかに強力な武器ではあるが、初動さえ見逃さなければそれほど脅威ではないとの判断。
ちょこまかと逃げ回る相手。
その動きが何やらヘンだなと男たちが気づいたときには少々遅かった。
「あいたっ」
叫んで一人が立ち止まる。見れば足から血が出ており、裏には鉄のトゲのようなものが刺さっていた。ルーシーの分体が撒いたマキビシ。そのトゲの鋭さと強度はちょっとしたもので、ブーツの底ぐらい軽く貫通する。
なんとも地味な反撃。けれどもだからこそ喰らうと妙にイラっとくる攻撃。
男たちは「もうお遊びはヤメだ」と駆け出す。
足下にも気を配っているので、二度とあんなドジは踏まない。
そうおもった矢先、宙に何やら黒い糸がピンと張られていた。
とっさにえび反りになってかわしたのは、なんとかく触れたらヤバイと感じたから。
男たちのその判断は正しい。この糸は触れたらスパッとなってしまう物騒なモノであったのだから。
「おい、これってグリューネのヤツの切れる糸っぽくないか」
「あぶねえ、足下ばかりに気をとられていたから、もう少しで首が飛ぶところだったぞ」
ようやく男たちは理解した。
あのチンチクリンがたんに逃げているわけじゃないことに。
ここから先は慎重にいくぞ。と第一歩を踏み出すなりカチリと音がして、地面が大爆発。
埋められていた地雷が起動したのである。
盛大な火柱をあげて、ドーンと男花火が夜空に打ちあがった。
これを少し離れた木陰からみていたお人形さん、「あちゃー」と己の額をぴしゃり。
おもっていたよりも地雷の威力が強かった。
いくら大きな公園内の森の中とはいえ、さすがにこれは外部にバレて騒動になるだろう。
どうやら今夜の諜報活動はここまでのようだ。
ルーシー分体がおおいに反省をしていると、空からびちゃぼたと降ってくる汚物に混じって、ドサリと大きな塊が落ちてきた。
片方はばらばらになったけれども、もう片方はかろうじて原型を留めていたみたい。
が、とても会話が成立するような状況ではない。
黒焦げのそれをルーシーの分体が銃口にてつんつんしていたら、打ち上げ花火を目撃したセレニティが駆けつけてくる。
「あっちは片付いた?」
たずねられて、コクンとセレニティがうなづく。
そんな二人の足下にて、黒炭がじゅわじゅわと泡になって消えていく。
その光景を目撃したルーシーの分体。
「これは……、随分とあっさり終わったからどうかなとは思っていたけど、やっぱりニセモノか。となるとギフトの類かな。五人がそっくりだったから、多元群体化に近い能力なのかも。っと、あんまりのんびりしていたら警邏の人たちがきちゃう。すぐに設置した罠やマキビシを回収して、撤収しましょう」
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