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132 月の腕
しおりを挟む「えーと……、わたしの目には腕のように見えるんだけど」
「そうですね、リンネさま。形状的には女性のモノのようです。どうやら埋まっているのは右腕の部位だけのようですね」とルーシー。
「とはいえ、いくらなんでも、コレは。ちょっと大きすぎるような気が……」とはアルバ。
艦橋のモニターに映し出されている映像。
二の腕の中ほどからダラリと露出している右腕は、ヌメっとした銀色の肌。
ヘビが鎌首をもたげるようなポーズにてだらり。
細長い指先にて、そこだけ見ればモデルさんの手のようでもあり、ピアノとかがとっても似合いそうな艶めかしさ。
が、鬼メイドの言うとおりにて、とにかくデカい。
あくまで推定だけれども、たぶんたまさぶろうよりも大きいかも。
腕だけでアレだとすると、全体像がとんでもないことになっちゃうよ。
「うぅ、月の氷の下に埋まった女の腕とか、ちょっと猟奇趣味が過ぎる」
二時間サスペンスとか推理小説ならば、バラバラ死体ってわりとメジャーだけれども、実際に拝んでみると、これはなんとも気色のわるい。
これまでたらふく賊どもを撃ち殺し、肉片をまき散らしておいて、いまさら何を言うのかとおもわれるかもしれないが、ソレはソレなのである。
戦いの果てに傷つく。それはまあ、ある意味、自然の摂理。ケモノやモンスターどもに喰い散らかされるのも似たようなもの。
だけれどもキレイに解体されたご遺体は、なにかちがう気がする。
もちろん医学や学術的な意味でのことならば、話は別ではあるが。
まぁ、しょせんはわたしの個人的な感傷に過ぎないんだけれどもねえ。
「そういえばノットガルドの八ふしぎ、最後が『七つの月の大罪』とかでしたね。ひょっとしたら……」
わたしがふつうに気味悪がっていたら、青い目をしたお人形さんが何やら不穏なことを口にする。
「はははは、まさかルーシー先輩は、残りの月にも同様に部位が埋まっていると? さすがにそれは」
鬼メイドのアルバ、悪い冗談だと軽く笑い飛ばそうとするも、「ない」と断言するにはいたらない。おそらく彼女の脳裏で「あー、やっぱ、あるかも」との考えがチラっとよぎったのだろう。
それはわたしも同じである。
なにせここはノットガルド。
あるといえばない。ないといえばある。天邪鬼が鼻歌まじりにてスキップし、無茶や無法がまかりとおるガッカリファンタジーな世界。
これまで幾度となく期待を裏切られつづけてきた、このわたしの勘がビンビン告げている。「この件には関わっちゃダメ!」
だから巨大な腕なんぞ見なかったことにして、「さーて、そろそろ帰ろうか」と提案した矢先に、モニター内にて指先がピクピクリ。
「げっ!」「なっ!」「うわっ!」
おどろいておもわずのけぞるわたしとルーシーとアルバ。
たった今まで氷漬けの彫像のようであった銀の腕が、突如として覚醒。
ギュッと拳を握ったかとおもえば、パッと開いてみたりして、指を一本ずつ折り曲げたりと、まるでちゃんと動くかどうかを確認しているみたい。
モニター越しに「ボキボキ」と指の骨が鳴るのが聞こえてきそうな迫力がある。
誰だよ! 艶めかしくって繊細なピアニストみたいとか言ってたの!
あの仕草を見る限り「これから殺ってやんよ」と言わんばかりにて、殺る気まんまんのスケバンの腕にしか見えないよ。
そしてついに五本の指を足代わりにして、もそもそと動き出す。
クモのように這い回る女の腕。超怖えぇっ!
しばらく周囲をキョロキョロするかのように移動していた銀の腕。
手首がふと月の上空にいたこちらを向いたような気がした。
その瞬間、ゾクリときてわたしは叫ぶ。
「ヤバっ! たまさぶろう、緊急回避!」
尾っぽを振って、横へとぴょんと飛び跳ねるかのようにして回避行動をとる宇宙戦艦。
前後して、ついさっきまで我々がいた空間を猛スピードにて隕石のごとく通過していったのは氷の塊。
それは月エレジーの表面をおおっている氷の層を、無造作に抉りとったもの。
あの銀の腕はそいつをボールとして、自分の腕をバットに見立ててフルスイング。あろうことかノックしてきやがった!
剣と魔法のファンタジーにあるまじき原始的な攻撃。
月の氷の下に封じられた、いかにもワケありっぽい腕のくせして、なんてことしやがる。
いや、あんたたちだって他人のことをとやかく言えたもんじゃないでしょ? とかいうツッコミは受けつけません。
しかもノックは一発だけでは終わらない。
それこそスポ根マンガの特訓のごとき、過激な千本ノックへと突入していく。
これを軽快なフットワークにてぬるぬるかわし続けるたまさぶろう。でも、このままではいずれ捉まってしまうだろう。
いったん距離をとり、砲撃すればおそらく簡単に片はつく。でもそれをするとエレジーちゃんまでたぶん木っ端みじんこ。
七つあるし一個ぐらい消えても問題なかろうとはおもうのだが、勝手に吹っ飛ばすのはやはり少々気が引ける。重力のバランスが崩れて、その影響とかでノットガルドが大災害に見舞われても困るし。
なによりなんだか逃げて安牌に走ったみたいで、ちょっとしゃくにさわる。
艦長席のふわふわシートの肘掛けに手をやれば、ドクンと相棒の熱い鼓動が伝わって来る。
ふふふ、どうやら主従にて想いは同じであったらしい。
だからわたしも覚悟を決めた。
「いいだろう。そんなにガチンコをやりたいのならば、相手になってやらぁ! 銀のバットがなんぼのもんじゃい! いったれ、たまさぶろう!」
オラオラと地獄の千本ノックを続ける相手に、特攻をかけるたまさぶろう。
宇宙戦艦「たまさぶろう」対ナゾの雌型巨大アーム。
世紀のガチンコ勝負の幕がいまあがった。
こちらが急接近してきたとみるや、すかさずノックを止めて鬼の金棒のごとく自身の体をふるう銀の腕。
これに尾びれの振り抜きにて対抗するたまさぶろう。
互いの一撃が正面から激突。
膂力はほぼ互角。
しかし大きくのけ反ったのは巨大アーム。
突進からの百八十度ターン。勢いと遠心力を加えたたまさぶろうの一撃。とてつもない重さが込められたソレを喰らったせいだ。だがそれでも倒れない銀の腕。
そこからはしばし激しい乱打戦となる。
両者一歩も引かずに踏みとどまりビシバシビシバシ、ひたすら殴る、殴る、殴る。
かつてギガン島に封じられていた伝説のモンスター、クリスタルの巨人シロガネをもあっさり粉砕した尾を前にして、何合も打ちあっているとは。おそるべし銀の腕。
この腕の持ち主ってば、いったい何者なの?
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