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190 六番目と最凶

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 一筋の残光が途切れて、急速に世界の闇が濃くなる。
 ついに陽が完全に沈んだ。
 神殿内部もすっかり黒に染まるのかとおもいきや、壁面の床近くにぼんやりとした明かりが浮かぶ。廊下沿いに規則正しく配置されており、足下はおもいのほかに良好。確認してみると発光する石が埋め込まれてあった。日中に光を蓄えて夜に発光するやつかな?
 勝手知ったる我が家なので、トテトテ先へと駆けて行こうとするノノアちゃんを制止しつつ、入り口脇にある部屋をのぞく。
 おそらく受付案内みたいなところなのだろうが、室内は静まりかえっており、やはり誰もいない。とくに荒らされた形跡もないので、乱暴狼藉を働かれたわけではなさそう。
 ということは自主的に退去させられたか。
 廊下に戻り、奥へと向かう。
 途中、他の部屋をいくつか覗いてみたが、どこも同じくキレイなもの。
 神殿は二棟続きにて、正面入り口があるのが手前の建物でこちらが業務用。中庭を挟んで奥にあるのが居住空間となっているそう。
 誰かがいるとしたら奥の方かと考え、中庭へと出る。
 手入れの行き届いた花壇や庭木がお目見え。素朴で派手さはないけれども、夜の帳の下でも伝わってくる落ち着いた風情。
 これを見れば、ここに住む星読みの一族という人たちの気性が手にとるようにわかる。
 ノノアちゃんののびのび具合からして、きっと穏やかな人たちなのだろう。

 中庭から奥の建物を見上げる。左の端から窓を順繰りに眺めていくも、明かりがともっている部屋はなし。
 やはり無人みたい。
 ノノアちゃんらが出奔する際の様子からして、お母さんは連れ去られたとみて間違いないようだ。
 ざっとひと通り見て、手掛かりがないか探ったら、次は麓の村の方へ行ってみようかとルーシーと相談していたとき、不意にカランと音がした。
 音が鳴ったのは居住棟を横断するように伸びた廊下の右奥。

「あっちには何があるの?」

 わたしがたずねるとノノアちゃんは「みんなでごはんを食べるところ」と答えた。

「カネコでも忍び込んでいるのかな」わたしは言いながら左の人差し指式マグナムを準備。
「もしくはでっかいドブネズミかもしれませんよ」ルーシーは亜空間よりショットガンを武器召喚。
 先頭をわたし、真ん中にノノアちゃんを守る形で、最後尾をルーシーが固め、用心しつつ食堂へと足音を殺して近づいて行く。
 扉の前まで来ると、中からガサゴソという音が聞えてくる。扉の向こうに何者かがいるのは明白。
 ちらりと後方に目をやればルーシーがコクンとうなづく。
 それを確認してからわたしはドアノブに手をかけ、一気に扉を開けた。

 暗い食堂内にて明かりをつけることもなく、棚を漁っていたのは猫背気味の痩せた小男。
 その貧相な見た目ゆえに、わたしは最初、コソ泥の類かと思った。けれども手にしているダガーの刃を見た瞬間に、そんな考えはすぐに消し飛ぶ。
 これまでいろんな連中と戦ってきたけれども、その経験からおぼろげながらわかったことがある。
 ペットが飼い主に似るように、武器もまた持ち主に似るということ。
 アルチャージルで対峙した外道勇者どもみたいに、主が腐っていると武器もイヤな面相となりがち。
 男の持つダガーには凶相がありありと浮かんでいやがる。これに比べたらこの前の外道勇者らなんてかわいいもんだよ。いったい何をどうすればこんな面構えになるのか、想像もしたくない。
「こいつはよい子に見せちゃダメ」そう考えたわたしは、すぐに背後のノノアちゃんの視界を遮るようにして立つ。
 いきなりの接近遭遇にもかかわらず、とくに慌てることもなく悠然とした態度の猫背の男が「キシシシシ」と不快な笑い声を零しながら言った。

「おいおい、まさか本当にお嬢ちゃんが帰ってくるとはねえ。母を慕う幼子の心情がどうこう言っていたが、ラドボルグの旦那の読みが当たったみたいだな」

 男の発言からして、どうやら待ち伏せをしていたようだ。
 それにしてもこの異様な圧力には覚えがあるぞ。もしかして、もしかしちゃったりするのかも……。
 女主人の考えを肯定したのは従者のルーシー。
 背後からこっそりと囁き声にて「あの男、オスミウムで遭遇した聖騎士です。たしか名をイブニール。実体をともなう分身と奇妙な動きにて加速する能力が確認されています。ご注意を」
 予感的中! でもちっともうれしくない。
 それでもって、まんまと敵が張っていた網にわたしたちは飛び込んでしまったと。
 ゆるゆる膨れ上がる殺気からして、向こうはやる気みたいだし、こうなればこちらも覚悟を決めるしかない。

「ルーシーは念のために、周囲を警戒しつつ、ノノアちゃんをお願い。とりあえず亜空間にでも避難しておいて。あいつの相手はわたしがするから」
「わかりました。ですが判明している能力は二つ、残り一つが気になります。くれぐれも油断なきよう」
「うん」

 小声でのやりとりをすばやく済ませると、わたしはルーシーとノノアちゃんを廊下に残し、食堂の扉を閉めてその前に仁王立ち。
 この態度に「キシシシ」とうれしそうな声をあげたイブニール。

「おや、あんたがオレと遊んでくれるのかい」
「まぁね。ところでノノアちゃんのお母さんたちはどうしたのかな? まさかとはおもうけど……」
「星読みの連中のことかい? 心配しなくてもみんなそろって帝都へご招待しただけだよ。なにせウインザムの次期皇帝の選定の儀がまもなく始まるからねえ。あの嬢ちゃんの母親ってのは、けっこうな発言力があるみたいだぜ。もっともオレたちには誰が皇帝になろうが関係ないがな」
「どういうこと?」
「あぁ、まぁ、そのへんはこちらにも事情があってね。とにかくオレたちのお目当ては、あのお嬢ちゃんだけってことさ。旦那からもくれぐれも丁重にお迎えするように言われている。だからおとなしく渡してくれると楽でいいんだけどねえ」

 これまでの会話で判明したこと。
 とりあえずノノアちゃんのお母さんたちは無事。これは朗報にて素直によろこばしい。
 でも敵の狙いがノノアちゃんということが解せぬ。娘を人質にして母を操り皇帝選出を都合よくねじ曲げるのかとおもえば、それはちがうとのこと。
 お母さんがわざわざ自分の手元から外部に逃がしたことからして、あの子には何かあるのか?
 そのへんのことは、適当にはぐらかされちゃったけれども、聖騎士が自ら確保に動いていることからして、きっと女神イースクロア絡みにちがいない。またぞろロクでもないことを企んでいるようだ。
 まったくもって迷惑な連中である。


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