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012 下野家、炎上する!
しおりを挟むサイドミラーでうしろを気にしながらヨタヨタ進む。
パンクした状態ではまともに走れない。
だが、それでもボロボロの僕よりかはマシだろう。
そう判断し、バイクにまたがったのだけれども。
こうなってはしょうがない、予定を変更しよう。
実家に寄って、新たな足を調達する。
家にならば軽トラックや爺ちゃんのスーパーカブがある。
借りるついでに家族も連れ出し、すぐに村を離れよう。
「くそっ、ハンドルがとられる」
失われたクッション性、ガガガと震動がダイレクトにくる。
小刻みに上下する視界、右へ左へと不規則に暴れる車体のコントロールに苦戦しながらも、どうにか走行を続ける。
にしても、あのバケモノはいったいなんだ?
村ではあんなのを後生大事に祀っていたのか?
いや……もしくは封じていた?
なんにせよ、肝心なことはきちんと後世に伝えろよ!
報告、連絡、相談――ホウレンソウなんて基本だろうに。
怯えを振り払うかのように、僕は語気を強めて悪態をつく。
ちくしょう、こんな時に限って誰とも行き合わないし。
もっとも逢ったところで、あんなこと、説明のしようもないが……
まもなく自分の家が見えてきた。
通り沿いより一段高いところ、石垣の上に建てられた古民家。
村の古い家はだいたい似たような造りになっており、郡家などの富裕なところだと武家屋敷のような立派な長屋門を構え、大きな蔵なんぞを持っており、ちょっとした城のような威容を誇っている。
が、先祖が小作人であったウチは慎ましやかなもの。
せいぜいちょっと傾いている納屋があるぐらいである。
(しめた! 玄関先の灯りがついているぞ)
家族は在宅中だ。
これなら適当に言いくるめて、強引にでも連れ出してしまえばいい。
僕はそう考え、家の敷地へバイクを乗り入れようとするも――
ドッカーーーーーーーーン!!
突然の大爆発。
いきなり自宅が炎に包まれた。
紅蓮に染まった家が轟々と火を吐く。
ガシャンと窓ガラスが割れる音とともに、爆風が吹き荒れる。
プロパンガスにでも引火したのか?
熱波をまもとに受けて、僕はたまらずバイクごと横倒しとなる。
「っ痛、ちくしょう、次から次へと。いったい何がどうなってやが……る!?」
顔をあげた僕が目にしたのは炎上している下野家と、それを前にして腹を抱えてケタケタと笑っている三人組。
――円地三姉弟!
連中、やっぱり堅気じゃなかったんだ。
でも、どうしてそんな奴らが僕の家を燃やす必要があるんだ?
わけがわからない。
でも、ぐずぐずしていたらヤバいことだけはわかる。
日向子たちは豪快なキャンプファイヤーの方にばかり目がいっており、まだ僕の存在に気がついていない。
両親や祖父のことは気になるが、いま優先すべきは自分のこと。
だから僕はバイクを起こすと、すぐさまその場を離れようとする。
「しょうがない、乗り物は他所で調達しよう。それが難しそうなら、タケさんのところに……」
タケさんとは、祖父の猟師仲間である飯塚武重(いいづかたけしげ)のことだ。
いつの頃からか、村の近くの山に小屋を建て住むようになった人物。寡黙な老人で身の上話の類は一切しない。偏屈で村の人間ともほとんど関わろうとはしないけど、どういうわけだかうちの祖父とは気が合ったらしい。
それでも向こうから我が家を訊ねてくることはめったになく、もっぱらこっちから酒瓶片手にタケさんの小屋へと押しかけるばかりであったが。
祖父繋がりで僕もタケさんとは親しくなり、山のことをいろいろ教えてもらったものである。
タケさんほどこの周辺の山に詳しい人物はいない。
彼ならば抜け道のひとつやふたつ知っているかもしれない。
なんぞと考えながら、走り出した直後のことであった。
パンッ!
背後から乾いた音がしたとおもったら、バイクの車体がぐらりと傾いた。
いや、違う。
傾いたのは僕の体だ。
左脇腹にジンと強い痛み。
(もしかして撃たれたのか!?)
制御を失ったバイクは、たちまち横転した。
投げ出された僕は朦朧とする意識の中、それでも這って少しでもその場から離れようとするも、背中を踏まれて動きを封じられた。
拳銃を手にした日向子の仕業であった。
「ありゃりゃ? 誰かとおもえば昼間のお兄さんじゃないかい。う~ん、こいつはうっかり、そうとわかっていれば撃たなかったのにねえ。
なぜかって? キャハハ、あたいはこれでもけっこう義理堅い女なのさ。報酬分の仕事はきっちりこなすし、受けた恩義には報いるんだよ。
にしても、お兄さんがターゲットの縁者だったとはなんたる悲劇的巡り合わせ、ヨヨヨヨヨ……という冗談はさておき、はてさて、どうしたものかしらん」
銃口を向けながらのひとり芝居をする日向子。
すると日向子は何をおもったのか銃をホルスターにしまうなり、ぐったりしている僕の足首を掴み、ずるずると引きずりはじめた。
向かったのは最寄りの用水路のところ。
際まできたところで手を離したとおもったら、ゲシっと足蹴にて、いきなりドボン。
「もう、しょうがないから一度だけ見逃して、あ・げ・る。運が良ければ助かるでしょう。じゃあね、お兄さん」
黒く冷たい水路を浮き沈みしながら流されていく。
僕はじきに意識を失った。
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