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第六話 雨宿り
しおりを挟む西国から京へと通じる街道には、人や荷の姿が絶えることがない。
気軽な旅装姿の者に大きな行李を背負った者、二本差しに槍を担いだ腕自慢の武辺者、編み笠ひとつとってもいろんな形が楽しめる。
地元ではあまり見かけない女性用の市女笠なんて、きっと中身はやんごとなき貴人にちがいあるまい。
キョロキョロしながら、そんな空想にて遊んでいたのは、背が六尺を超える青年。
周囲よりも頭二つも三つも飛び出ており、ただでさえ目立つ容姿だというのに、その右肩には「にゃにゃにゃ」と陽気に歌う茶トラの猫の姿までついているものだから、見かけた者らはことごとく首をかしげたのちに、ぷっと吹きだす奇矯さであった。
高槻を出立直後。
後ろから駆けてきた猫の小梅。追いつくなり、いきなり鈍牛の背に飛びつくと、そのまま高い背中をよじよじ登り、そのまま右肩へと居ついてしまう。何度、駄目だと降ろしても離れない。ついには根負けした鈍牛が連れていくことになったという次第。
ざんばら髪ののっぽな青年と茶トラの猫という組み合わせ。
京まではのんびり歩いても二日の距離。ちょいとがんばれば一日で着くので、気軽なものだ。
しかしそれも晴れていればのこと。
空を見上げれば墨をぶちまけたような色がおりてきて、なにやら怪しい雲行きに。
これはいかんと、鈍牛たちが逃げ込んだのは大樹の陰。
あわやというところで降り出したのは、滝のような土砂降りの雨。
「ふぅ、小梅や、あぶないところだったなぁ」
鈍牛の言葉に「にゃっ」とこたえる小梅。
するとそんな彼らのやりとりに「ほっほっほっ」と愉快そうな声をあげたのは長い白髭の老爺。
小奇麗な着物姿にて、商家の御隠居か近頃はやりの茶人のような雰囲気がある。
どうやら雨宿りの先客だったらしいので、鈍牛はぺこりと頭をさげた。
「これはご丁寧に。それにしても急に降りだして、お互い難儀なことよな」
「それなら大丈夫。じきにやむから」
そう言って東の空を眺める鈍牛はなにやら自信ありげ。
青年のカラダこそは立派だが、格好はボロとまではいかぬも散々に着古したがゆえに、すっかり肌に馴染んでいる雑役夫のような格好にて、髪もざんばら。
農夫の中には空気の些末な変化にて天気を言い当てる者もいるので、この若者もその類かと老爺もはじめはおもっていた。
だが青年が前髪をかきあげて、空を見ている横顔をちらりと見て、ギョッとする。
鈍牛の瞳に、世にも奇妙なモノを認めたから。
「まさか、そんな、これは破眸(はぼう)か? いいや、こんなところでそんなわけ……」
ぶつぶつとつぶやく老爺。
その声は雨音にかき消されて、鈍牛の耳にまでは届かない。
じきにゆるやかになっていく雨足。少し経つと鈍牛が言ったとおりに雨があがり、空には切れ間がみえて、陽光が差し、虹までかかる。
これには老爺もびっくり。
「いやはや、おみそれした。たいした眼力じゃの。わしは田所甚内。これより京の知人をたずねるところじゃ」
「芝生仁胡です。えーと、いちおう安土見物? に向かっているところかな」
「なんと安土か。そういえば信長さまがお建てになった城がたいそう評判になっているな。たしかほんの一部だが中を見物させてくれるとか」
「へー、それはなんとも豪気な」
甚内の話を聞いて鈍牛が豪気なと言ったのも無理からぬこと。
なにせ戦国乱世の群雄割拠のこの世の中。お城の中なんて機密中の機密。それをたとえ一部とはいえ外部に披露するだなんて、ふつうのことではない。
「さすがは信長さまだなぁ」
「にゃあ」
常に時代の先端をひた走る天下人に、感心するばかりの鈍牛。茶トラ猫の小梅もいっしょになって声をあげた。
雨もあがったことだしそろそろと、腰をあげた鈍牛。
「お先に」と断ってから、大樹の下から出て街道へと戻る。
その背を見送った老爺。
にこにこと細められていた双眸の奥がぎらり、急に眼光が鋭くなった。
「よもやとはおもうが、どれ」
遠ざかる青年の背を見つめる甚内の瞳が妖しくかがやく。
いったい彼は何をしようとしているのか。
だが、その行動は「ぐわっ」という自身の苦悶の声によって中断される。
「なんと! はじかれただと? このワシの瞳術を破るか。あの瞳、やはりそうなのか? しかしそのわりには隙だらけに思えたが。あれすらも演技だとすれば、なんとおそろしい。ううむ、いったい何者だ。あの小僧」
田所甚内と名乗った老人。
まとっている雰囲気に、先ほどまでの穏健さは微塵もない。さながら抜き身の刃のごとき険しさにて、いつしか周囲にて鳴いていた虫すらもが息を殺している。
自分の背後がそんなことになっていようとは、夢にもおもわない鈍牛。
雨上がりの澄んだ空気を胸いっぱいに吸い、とりあえず京を目指して軽快に足を動かす。
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