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第七話 京の闇
しおりを挟む京の都、それは古今東西の華が集いし場所。
だが戦乱の世にあっては、欲望の渦中にてかつてないほどに荒廃し、みるも無残な姿を晒すように。
いたるところに骸が転がり、集うは悪鬼羅刹か亡者の類か。
やんごとなき方々は固く門を閉ざして奥に籠っては、読経三昧にて嵐が過ぎるのを待つばかり。
しかしそれも織田勢が畿内にて覇を唱えていくうちに、ガラリと様変わり。
各地に散っていた人々もじょじょに戻りだして、都はかつて以上のにぎやかさでもって、復興を遂げた。
そんな都の中を流れる鴨川の河原にあったのは、鈍牛こと芝生仁胡と愛猫の小梅の姿。
安宿でも見つけて泊まろうとおもったが、なにせ土地勘がない。どの辺りに行けばよいのかもわからない。方々をうろついてみたものの、結局、見つけられなかった。
今年の春は少々暑いぐらいにて、ときには夏の陽気をも感じさせるほど。
だから残っている桜でもながめながら、その辺でゴロリと横になろうと考えた。
よさげな寝床を探し歩くも、人には人の縄張りというものがあるらしく、田舎者のおのぼりさんには、ちくとイジワル。
鈍牛は歩き続けるうちに、気づけば薄ぐらい地域へと足を踏み入れていた。
だがここは京の都。
歴史の重みのぶんだけ闇は深い。
華やげば華やぐほどに陰もまた濃くなっていく。
川沿いの茂みの中を走るは三つの影。
一つの影を二つの影が追っていた。
キンッ、と鳴ったのは刀にて弾かれた棒手裏剣。
放ったのは逃げる側。弾いたのは追う側の一人。
二つの影が途中で別れて、獲物をはさみ討ちにしようと動く。
追われるうちに、前後を囲まれ逃げ足がついにとまる。
してやったりと回り込んでいた者が、刀を抜いて距離とつめようと駆けた。
だが、その勢いはすぐに停まる。かわりに「ぎゃっ」と声をあげた。
仕掛けられたマキビシを踏み抜いたのだ。
痛みとおどろきにより、とっさに自分の足に意識がいく。
戦いの場にて相手から目を離すという致命的な失態を犯した者は、つぎの瞬間にはのど笛に棒手裏剣を受けて、どうとあお向けに倒れた。
そのときにはすでに反転していた追われる者。
一対一にて刹那に交差する二つの影。
首筋を斬られて、血を吹き出し倒れた男。
それを見下ろしていたのは、追われていた覆面姿の女であった。ふぅと静かに息を吐き、左右の手に持った二本の小太刀を腰の鞘へと音もなくすべり込ませる。
主君の命によって、さるお屋敷を見張っていたクノイチ。
だが不覚にも敵方に見つかってしまう。
どうにか切り抜けることは出来たが、あぶないところであった。
ふと、何者かの視線を感じ、女はすばやく周囲に視線を走らせる。
忍びはフクロウのごとく夜目が利く。すぐさま気配のした方を見れば、はるかとおくに背の高い男の姿がかすかに見えた。
遠い、一丁(百九メートル)ぐらいもあろう。いくらなんでも遠い。
見られていたと感じたのは気のせいであったか……。
そうおもった矢先に相手がこちらに向かって、ぺこりと頭をさげたものだから、女はたいそうおどろいて、おもわずその場にしゃがみ込んで茂みの中に身を隠す。
しばらくしてから、ふたたび、おそるおそる顔を出してみると、すでに男の姿は夜陰に紛れて消えてしまっていた。
「はて? わたしの勘違いだろうか……、と、いけない。いそいで報告に戻らないと」
つぶやいたクノイチもまた夜の中へと消える。
あとには冷たくなった二つの骸が残るばかり。
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