高槻鈍牛

月芝

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第十三話 茶道

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 用件がすんだので青年と猫が解放されたのち。
 見事に整えられた庭を眺めながら老女中が言った。

「さすがは利休さま、猫をもうならせるとは。わたくし、ほとほと感服しました」
「あんまり苛めてくれるな、お勝どの」自分の頬をぽりぽりかいてみせる男。「でも、まぁ、こんなものよ。世間ではいくら茶聖だの天下の三宗匠なんぞと持ち上げられたとて、実際には若者一人満足させることもかなわぬ。とはいえ、猫に認められるとはなぁ……。よもや己にこんな才があろうとは」
「いっそのこと、猫相手の茶道も極めてみてはいかが?」

 お勝と利休、出会いは幼少期にさかのぼり、互いに紆余曲折の人生を経て、ここへと至る。ゆえに表向きはともかく、二人きりのときにはこのような軽口を叩き合うほども気安げな間柄。
 だからこその戯言だったのに、急に黙り込んだ利休。「それも悪くないかなぁ。どこぞの山奥に禅寺でもこさえて、猫を相手の茶の湯三昧の日々もいいかもしれん」と言い出したから、今度はお勝の方がギョッとさせられる。
 なにせ、いまや天下に名高き茶人にて、方々に多大な影響力を持つ千利休であるからして。隠遁なんぞされてしまえば、有名無名の慕う者らがこぞって後を追いかねない。そうなれば世間は、さぞや大混乱となることであろう。
 そんな利休ではあるが、ここのところ少々、人の世に倦んでいた。
 いかに必要なこととて、権力者やお武家相手の茶会は肩が凝ってしようがない。
 形ばかりは立派でも、本質をまるで理解していない猿真似どもと囲む茶席の、なんと味気ないことか。
 ぶっちゃけ、ちっとも楽しくない。とってもイライラする。
 その点、先の若者は良かった。
 わからぬのならば、わからぬでよい。苦いのならば苦いでよい。
 あれほど本音をぶちまけられると、逆に意地でも「うまい」と言わせたくなる。
 そう、近頃、どいつもこいつも自分の教えをむやみやたらとありがたがって、へいこらとするばかり。遠巻きに崇めるばかりで、ちっともぶつかってこない。これがたまらなく退屈で、つまらなくて、さみしい。
 だが彼のおかげでひさしく忘れていた何かが、自分の中で蘇ったような気がした利休。
 まだまだ道半ば、それなのに己は何をうぬぼれていたのだろうか。
 心配そうな顔をしている昔馴染みの老女をよそに、内心にてとりあえず自分もまずは猫でも飼ってみるかと、利休は考えていた。


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