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第三十一話 鈍牛の素顔
しおりを挟む三丈(約九メートル)ほどもある二本のクサリ分銅を自在に操る甲賀の忍び、六道左馬之助。
先ほど小娘に投げつけた腑抜けた攻撃とは違う、当たった相手の身を爆散させるほどの威力が込められたもの。
闇を抜け、風を切り裂き、分銅が突き進んだ先には鈍牛の側頭部。
女ども相手に何やら話している、そのこめかみを打ち砕こうと迫る。
鈍牛の視線も意識も体すらも、すべてがお良と七菜へと向いている。
これではいかな達人とて避けようもあるまい。
だというのに、またしても六道左馬之助の攻撃はとめられてしまった。
とても自然な動きにて持ち上がる鈍牛の空いている方の腕。
まるで目の前に落ちている紙くずでも拾うかのように、何事もないといった風にてひょいと掴まれる分銅。
普通であれば受けとめた手の平の骨が砕けるどころか、跡形もなく吹き飛ぶほどの破壊力。それがまたしても、こうもたやすくとめられてしまうとは。
しかもまずいことに二本のクサリにて、鈍牛と左馬之助の体が繋がった格好となってしまう。武器を用いた戦いにおいて、その一端を相手に抑えられるというのは、あまり歓迎すべき局面ではない。
もちろんクサリ分銅という武器を扱う以上は、こういう状況も想定しており、対策も充分に練られている。
瞬時にクサリをうねらせ、回転させ、波をうち、ヘビのようにあやつり、この状態からでも敵を殺める技はいくつもある。
先ほどからそれをくり出している。
だがそれらが一切発動しない。
原因は鈍牛だ。
信じられないことに、クサリが微動だにしないのだ。かつては暴れる馬や牛をも引き倒したことがあるクサリが、まるで動かない。全身の筋肉に力を込めて引くもまるで駄目。
血肉を分けた親兄弟、里の仲間たちよりもなお長い時間を共に過ごしてきたクサリ分銅が、まるで言うことを聞いてくれない。手の中の相棒が急につれなくなった。
膂力にて圧倒されている。
その事実に愕然とする六道左馬之助。
驚愕、戸惑い、まるで理解が追いつかない不可解な相手。だがなによりも抑えきれないのが、自身の内よりわいてくる怒りの感情。
甲賀にその人ありとうたわれ、クサリ分銅の巧みさからオロチとの異名を持つ忍び。これまで築き上げてきたすべてを、まるで幼子が積み木を蹴飛ばすみたいに崩されたように感じた男は、吼えずにはいられない。
クサリに繋がれたままの状態にて跳躍した六道左馬之助。超人的な動きにてそのまま鈍牛の真上へと移動してみせた。
あとは地の力にて落ちるばかり。
拮抗がなくなり、たわむ二本のクサリ。これが輪となって幾重にも鈍牛の身をぐるぐると巻く。
ふいに体の自由を奪われて、おどろく鈍牛。
頭上よりクナイを手にした六道左馬之助が降ってくる。
逃げることも防ぐこともかなわない。
「これでしまいだっ!」と左馬之助。
いままさに自分を殺そうとする相手を見上げた鈍牛。
そのとき場に熱風が吹く。
大きな爆発音が鳴った。
どうやら蔵町のどこかにて保管されていた油の樽か何かに引火したよう。
しかしこの命のやりとりの場において、その影響でゆれたのは鈍牛のざんばら髪だけ。
敵の攻撃の手を緩めるまでには至らない。
でもそれで十分であった。
ずっとおろしてあった鈍牛の前髪がめくれて、素顔があらわとなる。
姿を見せたのは果心居士をして「破眸」と言わしめた神秘の瞳。
六道左馬之助はその瞳をしっかりと見てしまった。その瞳にしっかりと見つめられてしまった。
すぐそばで戦いの行く末を見守っていたお良と七菜の二人の女もまた。
だが反応は三者三様であった。
「ギャッ」悲鳴をあげたのは六道左馬之助。
彼は破眸にて己の心の殻を一瞬ではぎ取られた。
ゆでた卵の殻がむかれれば、次に姿を見せるのは白身の部分、それもが取り除かれれば丸い黄身だけが残る。それは忍びがとっくの昔に封じ込めて、忘れ去っていた人間の大切な部分。
人外の忍びの肉体から、忍びの心が奪われて、残るはむき出しの心。
それは無垢で、か弱く、とても脆い。
そこに突き付けられるは、己の業。
あまりの業の深さに心が怯えてふるえ、すぐに耐えきれずに悲鳴をあげた。
すべては瞬きひとつにも満たない時間での出来事。
心に呼応して肉体からも奇声をあげる六道左馬之助。手にしていたクナイだけでなく、愛用のクサリ分銅をも放りだし、泡を喰って一目散に逃げ出してしまった。
同じように破眸を持つ若者の顔を見た七菜。
おもいのほかに精悍であった鈍牛の素顔にぽーっとなる。
真っ当に生きてきた下働きの娘は、単に惚れ直しただけですんだ。
ならばクノイチであるお良は、どうであったかというと、こちらも不思議となんら異常は見られない。ただドキリと跳ねた自分の胸の奥の動きにも気づかずに、その瞳を、その横顔を見つめるばかり。
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