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第三十話 オロチ
しおりを挟むなんとか三つの追撃の手を退けたクノイチ。
さすがに精も根もつきかけて、その場に片膝をつく。一時的に身体能力をあげる体術の効果も切れて、どっと疲れが押し寄せてくる。
だというのに「やったー」と抱きついてきたのは、ずっと隠れていた七菜。支えきれずに、すとんと尻もちをつくハメに。
本来ならば先の無謀な行為を叱らなければいけないところだが、あいにくとそんな余力も残っていやしないお良。
ぐりぐりと頭をこすりつけてくる七菜の頭を撫でながら、ぼんやり「やれやれ、猫を飼っている鈍牛もこんな気持ちなのかねえ」とか失礼なことを考えていた。
「さて、他にもうろついている連中がいるだろうから、とっとと安土を出よう」
「あんなのが他にもいるの!」おどろく七菜。
「いや、さすがにあそこまでのは、そうそういないはず」
言いながら立ち上がろうとするお良、足下がふらつき七菜に支えられる。
思った以上に消耗がはげしく、血を流しすぎたのか、術の反動か、体もいささか冷たい。
これは少々まずいかも……。
そのとき、白面がばっと跳ねあがって、お良がキッとにらんだのは近くの建物の屋根の上。
「まいったね、こりゃあ。一難去ってまた一難だなんて、シャレにならないよ」
つぶやいたお良の視線の先にあったのは、新たな忍びの姿。
七菜もおどろきのあまり声もない。
静かに佇んで、こちらを見下ろしているだけだというのに、心の臓をわし掴みにされたかのような感覚に襲われる二人。
ついさっきまで戦っていたヘビ男も、たいした忍びではあったけれども、これは格がちがう。人外の領域をもはみ出した化け物の類だと、直感したお良。
いまの状態では、いいや、たとえ万全の状態であったとしてもきっと敵わない。
となればなんとか逃げなければ……、迫る火の手、いまの状況で選べるのは近くの路地に飛び込むか、目の前の水路に飛び込むか。
一人ならば水路もありだが、七菜が泳ぎが達者とはとてもおもえない。濡れて重くなった着物にてたちまち水底へと沈んでしまうことだろう。
ならばと、路地の方へにじり寄るも、ほんの少しつま先を動かしたところで、風が轟とうなり、すぐ側の土壁が爆散した。
クサリの先についた分銅の仕業。
三丈(約九メートル)近くも離れているというのに、なんという速度と破壊力。こちらのわずかな動きに反応したことといい、とんでもない相手と巡り会ってしまったと、お良は嘆息する。
「はぁ、よりにもよって最後の最後に甲賀のオロチと遭遇するなんてね。我ながら本当についてない」
「わかっているのならば話が早い。大人しく虜となるのならば命まではとらぬ」
お良はちらりと横にて自分に肩をかしている七菜の姿をみる。
なんとかこの子だけでも逃がしてあげたかったけれども、さすがに難しそうだ。だからここは大人しく従うふりをして、隙を見て逃げ出す算段を……。
などという自分の考えが甘かったことを、クノイチはすぐに知る。
「いい戦いぶりだった。此度の騒動との関わりも気になるところだが、なによりその肉体よ。さぞやよい母体となろうぞ」
里に持ち帰り、次世代の忍びを産ませるだけの苗床とする。
六道左馬之助の言葉はそういう意味。
そして目的がクノイチの優れた体だということは、ただの下働きの小娘には用がないということ。
「とりあえず足の一本でも砕いておくか。さすれば悪さもせんだろう。あとそちらはいらぬ」
ブンと迫るは分銅。
まっすぐに七菜の脳天へと向かってくる。
お良が庇おうとするも、血を失い過ぎた体がまるで言うことを聞いてくれない。
狙いあやまたず、クサリは伸びて突き出された槍のごとく七菜の頭を貫き砕こうと宙を疾走。
あまりのことに七菜は目を閉じることも忘れていた。
そのときである。
彼女の視界に一筋の影がさす。
ぬうと伸びてきたのは、何者かの腕。
その腕が、あろうことか目にも止まらぬ速さにて迫る分銅を、横からひょいと掴んでしまう。
見覚えのある姿の登場に、七菜の目に涙がにじむ。
まさに間一髪、すんでのところで間に合ったのは鈍牛こと、芝生仁胡であった。
「鈍牛さんっ!」
「鈍牛、あんた、こんなときにどこへ行ってたんだい!」
二人の女が同時に声をあげると、困ったなといった表情にて、ぽりぽり頬をかいてみせる鈍牛。
彼が登場しただけで、場の空気がガラリとかわる。
危機的状況はあいかわらずなのに、何故だかそれが薄れたことには、当人どころかお良ですらもが気づいていない。
一方、投げつけた必殺の分銅を軽く受け止められた六道左馬之助は、困惑していた。
あくまで人体を壊す程度にしか力を込めていないとはいえ、それをあっさり掴まれた? しかも先ほどからクサリを戻そうとするも、ビクともしやしない。まるで大地に根でも張ったかのようだ。しかもしかも、そんな真似を仕出かした相手は、背こそは高いものの、隙だらけにて、どこからどうみても素人の青年。
わからない、なんなのだこの男はと、困惑しきりの甲賀者。
そんな屋根の上の忍者は放っておいて、鈍牛、傷だらけのお良と、それを支える七菜の姿に「だいじょうぶか」と声をかけて、その身を案じるばかり。
鈍牛のこの態度に、困惑より立ち直った六道左馬之助は怒気をあらわにする。
狩りを邪魔されただけでなく、まるでいない者のような扱い。なにより自慢のくさり分銅を防がれたことで、彼の自尊心はいたく傷つけられた。この傷を癒すには、もはやあの男の命であがなうしかない。
「おのれ、死ねやっ!」
殺気のこもった全力の一撃が放たれる。
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