高槻鈍牛

月芝

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第四十二話 水辺の戦い

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 弾丸のごとき速さにて飛来する銛。凶悪な切っ先が次々とくり出されて、戦いはじめてより段蔵は防戦一方を強いられていた。
 それでも動きは真っ直ぐにて、投げるさいの予備動作も大きく、これさえ見逃さなければよけることは、飛び加藤の異名を持つ段蔵にとって造作もない。たとえ足下にいささかの不自由があろうとも。
 二度、三度、とかわしつつ、じょじょに距離を詰めていく。
 ひと息にて相手の首をかっ斬れる間合いを目指す。
 銛を結んでいるより紐が切れればよかったのだが、水を含んだ紐の固く丈夫なこと。隙をみて斬りつけてはみたものの、ぬめりけを帯びた異様な弾力にまるで歯が立たなかった。
 四度目の投擲もかわしきり、そろそろ仕掛ける頃合いかと動き出した矢先に、背後に悪寒を感じた段蔵、とっさに身ごと左へ大きく転がる。
 おかげですっかり全身が濡れそぼり、衣装が水を吸ってますます動きの邪魔となる。それだけでなく右の二の腕に痛みが走り、見れば切り裂かれたあとに紅染みが。
 流れる血がぽたりぽたりと、淀の水に落ちて小さな波紋を立てた。
 段蔵の腕を切り裂いたのは敵の放った銛。しかし先端の形状が変化していた。返しのついた弓矢の鏃のようであったのが、いつのまにやら十文字槍のようにて横から刃が生えている。
 どうやらそういうからくりが仕込まれた武具であったよう。
 仮にも忍びが愛用している得物が、ただの漁師道具の延長なわけがない。そのことをすっかり失念していた段蔵は、己の間抜けさにほぞをかむ。
 一方、入念に下準備をまき、相手を油断させたところでひと息に仕留める算段であった、銛使いの男も内心では動揺していた。
 よもや、あの一撃を避けられるとはおもいもよらなかったのである。
 これによって結果的に先に手の内を晒すことになったのは銛使いの男。
 だからとて優勢なのは変わりなし。いっそうの苛烈さでもって銛の切っ先が段蔵を攻め立て続ける。だが彼はあまりにも手数を晒し過ぎた。
 戦いの最中にあって、冷静に周囲の状況、敵の力量、己について、軌道、威力、間合い、そのすべてを見極めた加藤段蔵が、ついに反撃にでる。
 水を切るほどの勢いにて飛来した銛を、真上に跳ねてかわした段蔵。
 我が身を無防備に宙に晒す。これでは返す刃をよけようがない。気でも狂ったかと銛使いの男は思った。だがその表情は次に驚愕へとかわる。
 跳ねた段蔵の右の足、そのつま先が銛と使い手をつなぐ伸びきったより紐の上にのるなり、これを足場にして更に大きく前方へと飛翔。
 紐の張りをも利用した跳躍。そこに段蔵の超人的な身体能力が合わさることで、信じられないほどの距離を、わずか一足にて詰めてしまう
 天を駆け、降るかのごとくやってきた段蔵をまえにして、銛使いの男にできたことは、とっさに自身の手をかざしてなんとか防ごうとすることだけ。
 クナイの尖端が男の手の平にブスリと刺さる。
 カツンとかすかに音を立てたのは手の骨。
 皮と肉は貫かれたものの、骨に当たって攻撃が止ま……らないっ! 
 加藤段蔵という忍びの肉体は、全身これ異質な筋肉。丹念にしめ縄のように練り上げたチカラの筋を一本の糸とするならば、これを無数に使って織り上げられた衣が彼の体。
 じつはその重量は六尺をこえる鈍牛よりも、なお重い。それこそふつうに足踏みをされれば並みの人間の骨なんぞ、簡単に砕けてしまうほどに。
 そんなものが一丸となって降ってきたのだから、たかが手の平程度で防げるわけがなかったのだ。
 受けとめた手の平ごと、腕が押し負けて、貫通したクナイの先端が男の眉間へと突き立つ。
 すぐに固い頭蓋へと到達するも、それでもなお止まらない。
 銛使いの男は息絶えるその瞬間まで、自分の頭の骨がゴリゴリと抉られていく音を聞くはめとなった。


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