42 / 83
第四十二話 水辺の戦い
しおりを挟む弾丸のごとき速さにて飛来する銛。凶悪な切っ先が次々とくり出されて、戦いはじめてより段蔵は防戦一方を強いられていた。
それでも動きは真っ直ぐにて、投げるさいの予備動作も大きく、これさえ見逃さなければよけることは、飛び加藤の異名を持つ段蔵にとって造作もない。たとえ足下にいささかの不自由があろうとも。
二度、三度、とかわしつつ、じょじょに距離を詰めていく。
ひと息にて相手の首をかっ斬れる間合いを目指す。
銛を結んでいるより紐が切れればよかったのだが、水を含んだ紐の固く丈夫なこと。隙をみて斬りつけてはみたものの、ぬめりけを帯びた異様な弾力にまるで歯が立たなかった。
四度目の投擲もかわしきり、そろそろ仕掛ける頃合いかと動き出した矢先に、背後に悪寒を感じた段蔵、とっさに身ごと左へ大きく転がる。
おかげですっかり全身が濡れそぼり、衣装が水を吸ってますます動きの邪魔となる。それだけでなく右の二の腕に痛みが走り、見れば切り裂かれたあとに紅染みが。
流れる血がぽたりぽたりと、淀の水に落ちて小さな波紋を立てた。
段蔵の腕を切り裂いたのは敵の放った銛。しかし先端の形状が変化していた。返しのついた弓矢の鏃のようであったのが、いつのまにやら十文字槍のようにて横から刃が生えている。
どうやらそういうからくりが仕込まれた武具であったよう。
仮にも忍びが愛用している得物が、ただの漁師道具の延長なわけがない。そのことをすっかり失念していた段蔵は、己の間抜けさにほぞをかむ。
一方、入念に下準備をまき、相手を油断させたところでひと息に仕留める算段であった、銛使いの男も内心では動揺していた。
よもや、あの一撃を避けられるとはおもいもよらなかったのである。
これによって結果的に先に手の内を晒すことになったのは銛使いの男。
だからとて優勢なのは変わりなし。いっそうの苛烈さでもって銛の切っ先が段蔵を攻め立て続ける。だが彼はあまりにも手数を晒し過ぎた。
戦いの最中にあって、冷静に周囲の状況、敵の力量、己について、軌道、威力、間合い、そのすべてを見極めた加藤段蔵が、ついに反撃にでる。
水を切るほどの勢いにて飛来した銛を、真上に跳ねてかわした段蔵。
我が身を無防備に宙に晒す。これでは返す刃をよけようがない。気でも狂ったかと銛使いの男は思った。だがその表情は次に驚愕へとかわる。
跳ねた段蔵の右の足、そのつま先が銛と使い手をつなぐ伸びきったより紐の上にのるなり、これを足場にして更に大きく前方へと飛翔。
紐の張りをも利用した跳躍。そこに段蔵の超人的な身体能力が合わさることで、信じられないほどの距離を、わずか一足にて詰めてしまう
天を駆け、降るかのごとくやってきた段蔵をまえにして、銛使いの男にできたことは、とっさに自身の手をかざしてなんとか防ごうとすることだけ。
クナイの尖端が男の手の平にブスリと刺さる。
カツンとかすかに音を立てたのは手の骨。
皮と肉は貫かれたものの、骨に当たって攻撃が止ま……らないっ!
加藤段蔵という忍びの肉体は、全身これ異質な筋肉。丹念にしめ縄のように練り上げたチカラの筋を一本の糸とするならば、これを無数に使って織り上げられた衣が彼の体。
じつはその重量は六尺をこえる鈍牛よりも、なお重い。それこそふつうに足踏みをされれば並みの人間の骨なんぞ、簡単に砕けてしまうほどに。
そんなものが一丸となって降ってきたのだから、たかが手の平程度で防げるわけがなかったのだ。
受けとめた手の平ごと、腕が押し負けて、貫通したクナイの先端が男の眉間へと突き立つ。
すぐに固い頭蓋へと到達するも、それでもなお止まらない。
銛使いの男は息絶えるその瞬間まで、自分の頭の骨がゴリゴリと抉られていく音を聞くはめとなった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる