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第五十四話 夜行
しおりを挟む山門を守るかのようにして並ぶ六人の虚無僧たち。
うちの一人が前に出る。
「よもや我ら夜行の石兵八陣が破られようとはな」
低いが明瞭な声。落ち着いた調子からして、かなり年配の者のような気もするが、顔は隠れているのでわからない。
鈍牛一行たちからは代表して一番の年長者である田所甚内が前に出る。
「やはり遁甲術の類であったか。私は田所甚内、これなるは加藤段蔵と芝生仁胡。我らは高野山にてある者を弔うべく、ここまでやってきた」
用件を告げると虚無僧「存じておる。その若者の首から下げておる物の中身もな」とこたえた。
これを受けて甚内、早くも相手の意図を察する。
わかっていてのこの仕打ち。ようは受け入れ拒否につき、体よく追い払うために、わざわざあのような術を発動していたのだ。
まぁ、火中の栗を拾うようなものだし、比叡山の二の舞なんぞは御免だろうし、御山第一を考えれば無理からぬこと。駄目なら駄目で次の方策を考えればよい。
伊達に年は重ねていない甚内はそう考える。
だがまだまだ血気盛んな段蔵はちがった。
「けっ、死ねばみな仏とか、えらそうにほざいているくせに。いざとなったらそれか? だから坊主どもは信用がならねえ」
いきなり喧嘩腰にて暴言まがいのことを吐き出したものだから、これには甚内と鈍牛があわてることに。
しかしそう面と向かって言われた虚無僧は、とくに怒る風でもなく、むしろ笑い声さえあげてみせたので、これには暴言の主も怪訝な表情を浮かべた。
「くくく、ずいぶんとはっきりと物を言いよる。だがそれはちと早合点というもの。なにもその荷を受け入れぬとは言うておらぬ。いささか時期が悪いゆえに、日を改めて欲しいだけのこと」
「それはどのような意味でしょうかな?」と甚内。
「いま、その首は天下の趨勢を左右するほどの価値を持つ。だがそれもしばらくのこと。つい先ごろ、羽柴が明智を討った。次いで織田の後継者を巡っての争いが、水面下にて激しさを増しつつある。ついては尾張の清洲城にて一同を集めた話し合いの場が設けられることが決まってな」
虚無僧はそこまでで話を止める。続きはわざわざ語るまでもないということ。
つまり話し合いが決着するまでの間、首がひところに落ち着くよりも、あちこちウロウロしてくれていた方が、痴れ者どもの注意が逸れて、天下がすべからくまとまる。
そもそも死んだ者の首を頼みとするような輩が、これを悪用して一時的に権力を握ったところで、じきにボロが出る。そうなればまたぞろ支離滅裂な乱世に逆もどりして、民草が苦しみ、多くの血が流されることとなろう。
ゆえに話し合いにて決着がつくまで、もうしばらく漫遊してから、ふたたび訪ねてこいということであった。
いちおうは筋が通っている。
が、虚無僧の話は騒乱の元になりかねない首とは、時期がくるまで一切関わるつもりもないということをも意味している。
「それは御山としての考えか?」
甚内が念のために確認すると、虚無僧は「そうだ」とこたえた。
高野山全体の総意とあらば、ここでいくらごねたところでどうしようもあるまい。
その気になれば、懐に入った窮鳥なんぞ、どうとでもあしらえるところを、わざわざ遁甲術を仕掛けて追い返そうとしたり、顔を合わせての問答にまで応じてくれたところをみるに、害意がないのはまちがいあるまい。
これ以上は望むべくもなく、ふりだしに戻った鈍牛一行。
そんな彼らに虚無僧は言った。
「とはいえ、その方らも羽虫どもにたかられて難儀しておろう。些少ながら手は差し伸べようとおもう。おぬしらを追いかけてきた輩どもは、いましばらく我らの石兵八陣にて留め置いておく。そのすきに早や危地を抜けるがよかろう。この山門より左に進めばじきに紀ノ川のほとりに出られるから、そこより下流へ向かい船にて海に出るもよし、川を渡って紀南に紛れ風光明媚な白浜に足を運ぶもよし」
積極的には関与できないが、逃走には手を貸す。追手の足止めにも協力してくれる。
夜行からのありがたい申し出を受けて、鈍牛たちは虚無僧たちに礼を言ってその場を後にする。
猫を右肩に乗せた、六尺越えのざんばら髪が遠ざかっていく。
その広い背中を錫杖の音が見送り、ふたたび霧が垂れ込めて、世界が白く染まった。
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