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第六十一話 決死行
しおりを挟む前後左右、四方八方より同時に投げつけられた大量の手裏剣たち。
襲撃者たちは、いろんな流派のクノイチたちが混在しているので、手にしている武器もまたじつに多彩。
飛び道具一つとっても、形がまるでちがう。
棒状のもの、十字型、風車に六芒星、丸い輪っか、矢じりの形に卍字などなど……。それらが一斉に宙を疾走して襲いかかってくる。
いかに武芸の達人とて、これをすべて防ぐのは不可能。
さしもの鬼女もこれまでか!
と、思われた時、トンと地面を踏んだのは白巴蛇。
それは一見すると舞のように軽やかな一歩であった。
だが、それと同時に奇妙な現象が起こる。
白巴蛇と鈍牛をぐるり円に守るかのようにして、大地よりあがったのは境内のその辺に転がっていた砂利や小石たち。それらがバラバラと打ちあがっては幕となって、飛び道具とぶつかりこれをはじく。
足より伝えた衝撃によって地に波を打ち、周囲のものを巻き上げる。
これぞ畳返しなる伝統忍術の応用、砂防陣。
白巴蛇の妙技にて全弾を防がれた格好となった襲撃者たち。鬼が鬼たるゆえんを垣間見て、ほんの一瞬ばかり気を呑まれた。
その間隙を縫って、砂の幕の内より飛び出してきたのは釣り鐘。
ガランゴロンと転がり出てきたものだから、あわてて避けたクノイチたち。
回る鐘の中には鈍牛たちの姿が。
勢いのままに囲みを突破。山門を潜って、そのまま石段をガンガン派手に音をぶちまけながら、落ちていく。
あまりの光景に、しばし立ち尽くしていたクノイチたち。だがすぐに我に返って追撃を開始する。
石段を転がって行った釣り鐘は、降りきったところで二度ほどおおきく跳ねて、三度目にズブリと地面にめり込んで、ようやく止まる。
中から這うようにして出てきた鈍牛と白巴蛇、くらくらする頭を抱え、目を回しながらもなんとか駆けだす。
向かうは道成寺より右方向、一里(約四キロメートル)ほども行けばある砂浜。地元の漁師なんぞが利用する遠浅な場所にて、目の前には紀伊水道と呼ばれる海が広がっており、季節や天気などの条件次第では、ずっと向こうに四国の地が見えることもある。
浜までいけば舟が置いてあるので、これを拝借して逃げようとの魂胆。陸地であればどこまでも追っかけてこられるが、海に出てしまえばどうとでもなる。
鈍牛たちは走っているうちに、ついに里へと入り込んだが、すっかり陽が上がっているというのに、人影はどこにもなし。
住民たちはみな昨夜来よりの異変を感じて家の中へと引き篭り、固く扉を閉じて息を潜めていたのである。
力なき民草とて戦国乱世を潜り抜けてきた者たち。弱者は弱者なりに、したたかに生き残る術を持ち、独特の嗅覚にて危険を察知するもの。
だがこれは白巴蛇はともかく、鈍牛としてはとてもありがたかった。自分のせいで誰かが巻き添えになる姿を見なくてすむので。
走っている最中に翻るのは白巴蛇の着物の袖。その度に追っ手から放たれた飛び道具がキンと金音を立てては、彼女の刀によって叩き落とされる。
すぐそばを走る鈍牛は、もちろんそんな芸当なんぞ出来やしないので、「わっ」だの「おっ」だの言いながら頭をすくめたり体をかがめたりしながら、ときおり無様にかわすのが精一杯。
鈍牛としては当たって痛い思いなんてしたくない一心、ただただ必死なだけ。
しかし追尾の手の者らは、青年のそんな姿にすこぶる苛立ち、いきり立つ。
狙い過たずに投げた手裏剣が、白巴蛇の見事な剣技に阻まれる。
これは納得がいく。さすがは鬼女と呼ばれ、恐れられるだけのことはあると。
なのにアレはなんだ? 散々っぱら修練を積んできた投げ技が、ひょいとかわされる。六尺越えの大きな的だというのに何故当たらない? 子どもの遊びではないのだぞ! たまさかならばまだいいが、いかにまぐれとしてもこうも重なればどうにも承服しかねる。玄人が玄人であるがゆえに、素人の行動がどうにも鼻につく。
そのせいでなんとなく鈍牛へと向く害意が知らず知らずのうちに増えて、いつの間にやら飛んでくる手裏剣の比重がぐぐぐと彼寄りに。
それでも鈍牛、避ける避ける。
旦那さまの器用なんだか不器用なんだかわからない動きに、白巴蛇は感心するやら呆れるやら、追ってくる連中の気持ちを考えると愉快になるやら。おもわず能面の奥にてにやりと笑みが浮かぶ。
しかしそれでもこのままでは、じきに再び囲まれよう。
よしんば逃げおおせても、五十人もの数の追手を引き連れて浜へと入れば、舟なんぞ出している余裕はない。
そこでここいらで敵の数を減らすことに決めた白巴蛇は、人里を抜け林へと入り、小川をまたぐ石橋へとたどり着いたところで、その足を止める。
「旦那さまは先へと行って舟の準備を。わらわはここで少々時間稼ぎをしますゆえ」
「そんな、一人でだなんて危ないよ」
五十対一なんてとんでもないと、止める鈍牛。
だがこのとき、心配する鈍牛とは裏腹に白巴蛇はいささか感動していた。
おもえばこれまでの無為無情の長い人生のおいて、殿方より我が身を心配されたことなんぞついぞなかった。気遣う言葉なんぞかけられたこともない。
これは良いもの……。
女はそれをしみじみ思った。そして一度味を占めてしまっては、もう、これなしではいられないのが人の性。
この甘露をもっと味わいたい、もっとねぶりたい、もっとしゃぶり尽くしたい。
果心居士である田所甚内をして女怪と言わしめた者。その内に住み着いている妖蛇が、チロリと赤い舌をのぞかせる。
情念が体の芯から吹き出して、その炎に身も心も焦がされる。
この男のためならば死んでも惜しゅうない。いや、この男ともっともっとずっと、常世の果てまで一緒にいたい。
かつて清姫もこのような想いに突き動かされての凶行であったのだろうか。
なるほどこれは、大蛇となってもおかしくはない。
白巴蛇はそう思わずにはいられない。
「おぉ、その言葉だけでわらわは百人力じゃ。群がるクノイチなんぞ蹴散らして、すぐに後を追うから、どうか先へ行って待っていておくれ」
力強くそう言われて、しぶしぶ頷くしかなかった鈍牛。
別れ際に、もしもはぐれたときには自分の生地である高槻は芝生の庄の屋敷を訪ねてくれと言い残し、彼は浜へと一人向かう。
これを聞いた白巴蛇、心の中にて「もちろん行かせてもらうとも。やはり輿入れともなれば、しっかりと相手の家に挨拶をせねばならぬからの」
そこに追いついたクノイチの一人が勢いのままに襲いかかる。
振り下ろされた刃をわずかに身を引いて交わした白巴蛇。無造作な横薙ぎにて相手の腰を払う。
二つに分かれた体が橋より落ちた。
とたんに小川の色が紅くなった。
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