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第六十二話 独り舞台
しおりを挟む小川にかかる石橋の上で、血刀を手に舞っているのは小面の能面姿の女。
次々に襲いかかってくるクノイチたちを、斬って、斬って、斬りまくる。
裁断された体が川にぼとりと落ちるたびに、これに群がるは魚のボラたち。
海にほど近い場所ゆえに、どうやら血の匂いを嗅ぎつけてきたよう。いつしか川面がボラの黒い鱗で埋め尽くされている。
びちゃりびちゃりと尾ひれを打ち鳴らし、水音を立て、「もっとよこせ!」との催促。
その要望にせっせとこたえていた白巴蛇ではあったが、十三人目を斬って捨てたところで、ついにパキンと手にしていた得物が折れた。
かつて旅をしていた武辺者を誑かして分捕った無名の刀ながらも、切れ味と丈夫さが気に入ってずっと愛用していたのだが、よりにもよってこの大事な時に、しかも根元から折れるとは。
「ええい、意気地のない」
白巴蛇、使い物にならなくなった刀を捨てる。
得物を失い無手となったのを見て、これさいわいと襲いかかったクノイチの一人。
とたんにその鼻先がひしゃげて潰れ、おもわずガクリと崩れ落ちたところを、頭をむんずと掴まれてからの膝蹴りにて、首がおかしな方向を向き命を刈り取られる。
尋常ではない拳打の威力。
よく見れば白巴蛇の両手には、ゴツイ鉄の輪っかが四つ連なった物がはめられてある。あれが拳の威力を何倍にもあげていると即座に悟った襲撃者たちは、いったん距離を置く。
「ようやく十四、これで三分の一といったところか。やれやれ骨の折れる」
ぬめりけのある黒い血を拳より滴らせての、白巴蛇のぼやき。
このまま無双にて襲撃者どもを退けるかと思われた矢先、クノイチ集団が攻め手を変えた。
ひゅんと風切り音とともに飛んできたのは分銅。
するどい一撃なれども、これを軽く払って防いだ白巴蛇。しかしその腕がすぐさま何者かに捕まれる。見れば分銅にくくりつけられてあった紐が腕に巻きついていた。
秘伝の製法による特殊な素材で造られた糸を丹念に寄り合わせた紐が、まるで自我でもあるかのように、ぎりぎりと締めあげてくる。
続けて同じような分銅つきの紐が三本も伸びてきて、ついに白巴蛇の四肢の動きを封じる。
それだけなく更に二本が腰と胴に絡みつく。
ふつうであればこれで身動きがとれなくなって、あとはとどめを待つばかり。
しかし相手は名うての紀伊の鬼女、なんのこれしきと暴れて、逆に分銅紐の繰り手を脅かす。
その時である。
もがく白巴蛇の脇をひと息に駆け抜けたのは数名のクノイチ。
はっと気づいた時には、すでに石橋を越えて、浜への道をひた走る背中が遠ざかっていた。
「おのれ! はなからこれを狙っておったのかっ! いかん、旦那さま」
これこそがクノイチ集団の目論見にて。
一時的に白巴蛇の身を拘束して、その隙をつくという戦法。
ただし狙うは先へと逃げたのっぽの男のほう。いかに奇妙な動きにて手裏剣をかわすとて、周囲をかこんで滅多刺しにされれば逃げようもあるまい。なぁに、女に囲まれて逝けるのだから男冥利に尽きるというもの。
まずは一人。
襲撃者たちはそう考えていたのだが、ここでうれしい誤算が生じる。
意識が浜にいる鈍牛へと向かうあまり、これまでまったくつけ入る隙のなかった鬼女の気が逸れた。
がら空きとなった背に入った一刀。傷こそは浅かったが、とにかく一の攻撃が通ったことが大きい。
これに続けとばかりにくり出される刃の雨。動きに精彩をかき、ついにさばききれずに二撃目、三撃目までもが通り、次第に数を増していき、白巴蛇の身を包む着衣のそこいらが裂け、いくつも紅い染みを浮かべた。
小面の能面越しに漏れる息があきらかに乱れている。
その様子を見て、クノイチの一人が「独り舞台もそろそろ終いよ」と言った。
が、ここで襲撃者たちが予想だにしない事態が起こる。
自分たちの後方より発生した悲鳴。
それはまさしく断末魔の声にて、明らかに第三者の介入を意味していた。
集団を割るかのごとく、臆することなく猛然と突っ込んできたのは二人の男。
赤い襟巻を翻して駆けるは加藤段蔵、そのすぐ後ろには白髭の老爺である田所甚内の姿もあった。
紀ノ川に身を投げることで白巴蛇の術からなんとか逃れた彼らは、連れ去られた鈍牛の身を求めて、ようやく追いついてきたのである。
で、鬼女が根城にしてた御坊の道成寺に乗り込んでみれば激しい戦闘の跡。
その跡が海の方へと続いているので、これを追う。
じきに血生臭い独り舞台に遭遇。
早速、最後尾にいたクノイチの一人を締め上げて話しを聞きだせば、女が男を庇って孤軍奮闘しているとか。
なにやら奇妙ことになっているものの、このままでは鈍牛の身も危ないことにはちがいない。
すかさず段蔵と甚内は戦いに介入することを決めた。
段蔵が六つのクナイを同時に放つ。太い生木を容易く貫通する威力を秘めたそれらが、白巴蛇の身を封じていた寄り紐を断ち切る。
解き放たれた陰獣が吼え、たちまち息を吹き返し、すぐ近くへと迫っていた二人の敵を流れるような連撃にて始末する。
そこに駆けつけた男たち。
田所甚内が白巴蛇の横に並び立ち、二人して橋を完全にふさぐ格好となる。
「ここは任せる。オレは鈍牛のところへ」
早口にてそう告げた段蔵は、そのまま浜へと向かう。
どうやら敵ではないようだと察した白巴蛇、「よもやおぬしと肩を並べる日がこようとはな」
果心居士こと田所甚内、これには「それはワシの台詞よ。にしても変われば変わるものよ。おぬし、本当にあの白巴蛇か? よもやこれは天変地異の前触れであろうか。富士の御山が噴火でもするやもしれん」
なかば戯言、なかば本気の言葉を受けて白巴蛇「だまれ」とぴしゃり。
これには甚内もおもわず肩をすくめた。
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