高槻鈍牛

月芝

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第七十五話 忍び狂い

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 無数の鳥たちの狂宴。
 彼らをもてなすために用意された馳走は忍びたち。
 時間にすれば、せいぜい小さな鍋に湯を沸かすほどの短いもの。
 それでも終わったあとは散々たるありさま。
 宴がひらけたあとに残るは、抜け落ちた色とりどりの羽と鋭いクチバシでついばまれて無残な姿と成り果てた骸たち。その多くが目玉を失っており、二つの虚ろな洞が恨めし気に茜色の空を睨む。
 喰い散らかされた体の部位が、肉片が、そこいらに転がり、一ノ谷全体に血と死の臭いを漂わせていた。
 嵐のような一時が去って、鳥たちは何処かへと消え、静寂がやってくる。
 群がる忍びたちを一網打尽にした伊弉諾流忍術、鳥獣乱画。
 その凄まじい術を成した巫女忍の輝、彼女のそばにはいつの間に戻ったのか相棒の鴉の姿があった。しかし輝は酷い汗をかいており、顔色も悪く、いまにも卒倒しそう。どうやら数多の鳥たちを操る術は、想像以上に肉体と精神を酷使するようだ。
 しかもそんな彼女が息も絶えだえながら口にしたのは、意外な言葉。

「すまんな、旦那さま。どうにか半分ほどは仕留めたが、ここまでのようだ」

 窮地を救ってくれたというのに、何故あやまるのかと鈍牛、内心で首をひねる。だが何よりもまず気になったのが、彼女の発した「半分」という言葉の意味。
 鈍牛がまさか! と周囲を見れば、骸の野のそこかしこから、のそりと起き上がる者どもの姿が。
 忍びたちは滅んでなんぞいなかった。
 地上に出現した不喜処地獄をも生き残った者たち。
 ある者は地中に潜り、ある者は仲間の死肉を盾とし、ある者は自力にて鳥どもを退けた。
 これすなわち忍びの中の忍び。
 死んだ者らとは一戦を画する人外の存在。
 鳥獣乱画の術は、結果として一ノ谷に集った有象無象の忍びたちの中から、選りすぐりの精鋭たちを抽出したことになる。

「おうおう、ずいぶんとさっぱりしたわい」

 そこいらに転がる骸を眺めながら、いささか愉快そうな口調にてそう言ってのけたのは、五尺(約百五十センチ)ほどの棒杖を持った根来者の亜門。三節棍になってのびたり、先端から槍の穂先が顔を出したり、さらに他にもいろいろからくりが隠されている棒杖にての多彩で苛烈な攻め手を得意としており、甲賀のオロチといわれる六道左馬之助に引けをとらない実力の持ち主。

「よくぞ逃げ回ったものよ。が、それもここまでのようだな」

 片膝をつき肩で息をしている輝と、その身を案じているばかりの鈍牛に亜門は告げる。長かった鬼ごっこも終いだと。
 だが、ここで鈍牛も予想だにしない行動に亜門は打って出た。
 手にした相棒の棒杖がぎゅるりとのびて放たれた一撃。
 それが砕いたのは鈍牛の身ではなくて、周囲にいた忍びの一人。あの地獄を生き抜いた猛者が不意打ちを喰らって、落とした西瓜のように脳天が爆ぜて、あっさり死んだ。
 鞭のようにしなる棒杖。三節棍の形態にて次の獲物へと迫るも、これはかわされる。

「おのれ! 何の真似だ、根来の亜門。きさま気でも狂うたか」
「オレの気が狂うたかだと? そんなもの端から狂うておるわ。忍びなんぞまともな頭でやってられるか」

 これを皮切りに、鈍牛たちを中心にして、生き残った者同士の間で壮絶な殺し合いがはじまる。
 すでに抗う力もなく、籠の中の鳥となった獲物。
 いつでも縊り殺せるとなったいま、もはや共闘の意義も失せた。
 つまり連中の了見としては、手柄を分かち合うなんて気は毛頭なし。ここぞとばかりに本性をむき出しにして、邪魔者の排除へと乗り出したのだ。
 不喜処地獄の次は悪鬼羅刹がしのぎを削る修羅地獄。
 鍛えあげた肉体からくり出される絶技の応酬。
 紙一重の差にての必殺の攻防。
 腕がもげた。足が飛んだ。骨が砕けて、肉が抉れ、血潮が舞う。それでも止まらぬ忍びたち。指の一本でも動くのならば戦い続ける。その命果てるときまで。
 夕闇が迫る中、のびていっそう暗さをました影に蠢く人外を越えた化け物ども。
 それらが嬉々として笑っているのを鈍牛は見た。
 命のやりとりをしているというのに、忍びたちは事実、笑っていた。
 これほどの他流派の猛者どもを前にして、存分に己の力をふるえる機会に、相手の見事な技量に、それを打ち負かしたときの快感に、いつしかみな酔うていた。
 いまそのときこの場にて、しらふであったのは鈍牛と輝だけであったろう。
 こうして一ノ谷の戦いは第二幕を迎え、いよいよ佳境へと差しかかっていく。
 混乱のどさくさに紛れて、輝を担いで逃げようと試みた鈍牛ではあったが、それを封じたのは亜門の視線。激しい戦いの最中にぎょろりと目玉が動いて、しかと鈍牛の姿を見た。
 殺気をぶつけられたわけではない。ただ静かに見つめられただけ。
 たったそれだけで意気地は砕けて萎み、立ち上がることも出来なくなってしまう。
 人が人に向ける眼ではなかった。これから捌くまな板にのった魚へと向けるような、これから皮をむく野菜へと向けるような、「おまえはそういうもの」と言外の意が込められた眼。
 自身の立場を明確に突きつけられ、それを心の底から思い知らされた鈍牛、ついにへたりこんでしまう。
 それでもどうにか我が身にて、疲労のあまりついに地面に手をついた輝の身を庇う仕草を見せた鈍牛の姿に、亜門が目を細めて舌なめずりをした。


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