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第七十六話 乱戦
しおりを挟む鳥獣乱画の術を潜り抜け、生き残った忍びたちが互いに殺り合っている真っ只中にて、身動きを封じられていた鈍牛たち。
一ノ谷の浜より見えるはるか水平線に、ついに夕陽が沈み、最後の残光がひと筋の光となりて、忍びたちの戦場を刺す。
ふいにいくつも光がはじけた。
自然のものではない。その証拠に火薬臭が同時に発せられたから。
ふしぎと炸裂音はしなかった。だからみな閃光が出現するまで気づけなかった。
まさに闇の世界、忍びの時間となる間際の、逢魔が時の出来事にて、これをもろに浴びてしまった面々の目が眩む。
直後に突入してきた何かの気配を察し、一時的に視覚が封じられた状況ながらも、反応してこれを避けたのは、さすが。
やがて視界が戻り、その正体が二頭立ての馬橇(うまぞり)だと気づいたときには、すでに鈍牛たちの身は荷台にあって、早や砂浜を遠ざかるところ。
かわりにさっきまで彼らのいた戦場の中心に立つは四人の忍び。
赤い襟巻を翻すは、かつて武田信玄に仕え、飛び加藤の異名をもつ加藤段蔵。
生きる伝説として知られる幻術の達人、果心居士こと田所甚内。
紀伊の鬼女として、数多の男どもを破滅させてきた白巴蛇。
小太刀二刀流にて京の都を中心に暗躍していた、クノイチのお良。
「これはいいところに間に合った。選り取り見取りではないか。どいつもこいつもじつに喰いでがありそうだ」とは段蔵。
「忍びが血と戦いに酔うとはな。いまどきの若い衆は、修行がいささか足らぬのではないのか」とは甚内。
「小夜、七菜、お良、わらわに続けてまさかの五人目とはの。さすがは旦那さまじゃ。やはりいつの世も傑物に女子は心惹かれるものよ」とは白巴蛇。
「ったく次から次へとあの子は……。こりゃあ、一度、きちんと言い含める必要があるかもね」とはお良。
獲物が掻っ攫われたとわかり、怒った一人が刃をひっさげ四人に牙をむく。
これを正面から受け止めたのは段蔵のクナイ。
刀とクナイが激しくぶつかり火花を散らす。
その金属音を合図に残りの三人が各々ちがう方へと飛び出した。
一方、二頭仕立ての馬橇に救われた鈍牛と輝たち。
手綱を握るは小夜、荷台には七菜の姿もあった。
「よかったー、間に合ったー」
よろこび鈍牛に抱き着く七菜。ひさしぶりの再会にて、どさくさ紛れにべたべたする彼女に「ちょっと、抜け駆けはナシってみんなで決めたでしょ! それよりも後ろ後ろ」と小夜が声を荒らげる。
みれば獲物を逃してなるものかと、後方より追いすがってくる忍びたちの姿が多数接近中。
荷車ではなくて橇にしたのは、地面が砂浜だから。
とはいえ急拵えな品にて、雪の上でのようにはいかず速さも出ない。なによりいまは重たい荷を載せている。
百戦錬磨の猛者どもの足を相手にしては、このままではじきに追いつかれる。
そう思った矢先、先頭を走っていた者の身が爆ぜて吹っ飛んだ。
七菜が放った焙烙玉の直撃を受けたのである。
これには追手もぎょっとする。たかが手負いと小娘二人と侮っていたら、とんでもない火力が飛び出してきた。しかもがたがた揺れる足場にもかかわらず狙いがやたらと正確にて、真っ直ぐに向かってくるのだからたまらない。
鈍牛らが高野詣としゃれこんでいる間、芝生の庄に残っていた七菜は、客分の身に甘んじることなく屋敷にて家事仕事などを手伝いつつも、田所甚内より伝授された投擲の技を、小石を使って密かに磨いていたのである。けっして置いてけぼりを喰らった腹いせではない。
努力のかいあって、おかげでいまでは放った球が自在に曲がるという芸当までをも身につけ、紀伊より駆け戻った師匠をずいぶんと驚かせたものである。此度はその特技を引っ提げての参戦。
小夜に関しては、もう気を揉んで帰りを待ってばかりいるのは絶対に嫌っ! と強行に主張。
男どもは困り顔であったが、意外にもこれに賛同したのは白巴蛇。
蛇の化身のような女にて、てっきり独占欲が強く嫉妬深い性格なのかと思いきや、一夫多妻にとても寛容な考えの持ち主。見た目に反して長いことを孤独で過ごしてきた彼女の中には、いろんな時代の考えや物の見方が混在しており、独特の世界観にて生きている。
よい女房たるもの、夫を守るぐらいの気概でなければと思い込んでいるらしく、小夜のその心意気やよしとしたのであった。
これにお良も折れて、女どもから突き上げをくらって、甚内と段蔵もついに屈する。
とはいえ他の面子のように戦う術は持たぬ小夜は、旅の間中、こまごまとしたことを手伝いながらついて行くのがやっと。その雑用がてら女どもの足代わりにと用立てた馬の手綱を試しに持たせてみれば、これが妙にしっくりくる。
意外な才能を発揮してのいまの状況ではあったが、じつはこれ、ふしぎでもなんでもない。
かつて淡路の伊弉諾神宮より芝生の庄へと派遣された巫女忍。
すっかり地元に馴染んで使命をほぼほぼ忘れて、のほほんと暮らしていた子孫というのが、彼女の家のことであったのだ。細々と受け継がれた獣使いの血の為せる技。ただし当人及び周囲はまだそのことを知らない。
こうして一ノ谷の戦いは新たな局面を迎え、第三の幕が上がり、ますます混迷の度合いを深めていく。
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