誰もいない城

月芝

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047 メリーゴーランド

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 逃げ場のない観覧車のゴンドラの中。
 燃える女の腕がボクへと向かってくる。
 触れられたが最後、ボクの体もきっと焼かれる。よしんば触れられなくても、この高温では生きながらに蒸し焼きにされてしまう。
 ボクは逃れたい一心にて、ひたすら後ろ手に扉のレバーを必死にガチャガチャし続けていた。
 激しく上下させていた取っ手、それが唐突にガクンと大きく下がる。
 扉の鍵が開いた!
 いっきに扉を押し開け、こけつまろびつ外へ。
 そのまま駆け出して逃げようとするも、気持ちとは裏腹に足がいうことをきいてくれない。たたらを踏んだあげくに、ついにはもつれて無様に転倒。
 あわてて背後をふり返るが、そこでボクは唖然となる。

 燃えていたはずの白い影の女の姿がどこにもない。
 落ちてきたはずの女子高生の死体も消えていた。
 小さな観覧車は何ごともなかったように回り続けている。
 さっきまでボクが閉じ込められていたゴンドラが、ふたたび上へとのぼってゆく。
 ぽたりぽたりと音がする。
 赤い雫がゴンドラから滴っていた。
 もう頭の中がぐちゃぐちゃだった。まともに考えられない。
 遠くに「あぁアァーッ」という声が聞こえたような気がした。
 ボクはのろのろと立ち上がり、観覧車のそばから離れた。

  ◇

 コーヒーカップと観覧車。
 まるで遊園地のようなラインナップ。
 お次はジェットコースターでも登場するのだろうか。
 いや、さすがに屋上の遊技場程度ではそれはないか。
 そういえばあの乗り物は、いかに乗客の恐怖心をあおり、持続させるのかに苦心しているという。人間というのは恐怖に慣れるらしく、適度に緩急をつけてやらないと、すぐに麻痺して興奮しなくなるんだとか。だから急降下する絶叫ポイントの前には、なだらかな平面部分や昇り部分などを用意して、「来るぞ来るぞ」という気分を高ぶらせるように設計されてある。
 というのをテレビで見た記憶がある。
 ボクとしてはおおいに不服だ。
 なにせ現在進行形で次々と怪異に襲われているというのに、ボクはちっとも恐怖に慣れるということがないのだから。
 よくはわからないけれどもこの場所はヤバい。
 影法師、巨大イモリ、ガーゴイル、井戸の長い腕……、あいつらにはまだ実体と呼べるものがあった。それだけ危険度も高かったけれども、どうにか対処できていた。
 でも、ここにあらわれる怪異はちがう。
 凍える白い影の男も、燃え盛る白い影の女も、どちらの場合もほとんど何もさせてもらえなかった。
 あんなのありかよ!
 金縛りの破り方なんてボクは知らない。目に見えないチカラまで行使されたら、どうしようもない。
 落ちてくる女子高生にしたって回避は可能だが、それとてもギリギリだ。
 とにかく一刻もはやくここから逃げなければ……。

  ◇

 落ちてくる女子高生に怯えながら出口を探す。
 さいわいなことに白い影はあれから見ていない。
 心なしか夕闇が濃くなったような気がする。
 もしかして時間が経過している? このままではいずれは夜が来るのかもしれない。だとすれば急がなければ。
 理屈じゃなくて本能が告げている。
 ここで夜を迎えるのだけは避けろと。なにせ夜は死者の時間なのだから。

 焦る気持ちとは裏腹に、ちっとも探索が進まない。
 かといって同じところをグルグルしているわけでもない。

 おかしい……。

 どう考えても計算が合わない。あまりにも広すぎる。
 ここまではそれなりにではあるが、現実に則した構造であったのに、ここにきてその法則が崩れた。
 登場する怪異も、空間も、何もかもがムチャクチャだ。
 ここに比べれば鏡の迷宮なんて、よっぽど良心的であったとさえいえるほどに。
 もしかしてここはあの四角い建物の三階じゃないのか?
 ひょっとしたら天井の井戸からのびる長い腕に捕まったときに、まったくちがう場所へと運ばれた可能性もある。
 とはいえ、どのみちボクには進むという選択しか許されてはいない。
 自分がどこにいるのかは、いずれイヤでもわかるはず。
 だからいまは前だけを向いて。
 なんぞと勇ましいことを考え、弱る己の心を鼓舞したはしから、不安がドッとわいては、気持ちをぐらぐら揺さぶられる。

 いっそ立ち止まって楽なるか?
 そんな考えが何度も頭の中を行ったり来たり。
 もう充分にがんばっただろう?
 ロクでなしのクズのわりにはよくやった方だ。そしてそんなクズが無事に生き残ったところで、いったい誰がよろこぶというのか?
 どうせ待ってくれている人なんて誰もいやしないっていうのに。

 お前に生きる価値なんてない。
 お前が生まれたことに意味なんてない。
 お前の存在自体が世界のムダなんだ。

 あぁ、頭の中がやかましい。
 我ながら使えない脳みそだ。
 窮地を脱する妙案のひとつも思いつけないくせに、グダグダとくらだないことばかりベラベラと垂れ流す。
 イライラばかりが募ってゆく。
 もしも許されるのならば自分で自分の頭を叩き割ってやりたい。
 そんなボクの頬にそっと触れたのは、ずっと左肩にのっている相棒の白い腕。
 ぶつぶつぶつぶつ、独り言をつぶやきながら歩いていたボクの身を案じてくれたらしい。

「ごめんごめん。大丈夫だよ。ちょっと頭の中に住みついている役立たずがうるさくってね」

 彼女に微笑みかけたとき、前方の闇がパッと明るくなった。
 中世ヨーロッパの宮殿を彷彿とさせる、煌びやかな装飾に満ちた円形の空間。
 上下しながら回っているのは白馬たちや、馬車など。
 メリーゴーランド。
 それが唐突にボクたちの前に姿をあらわした。


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