誰もいない城

月芝

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048 双子の怪

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 煌びやかに回るメリーゴーランド。
 立派な鞍をつけた白馬の群れの中に、なぜだか馬具をつけていないシマウマが混じっている。
 一頭だけ造詣もみすぼらしく、ペンキもところどころ剥げている。
 集団の中で異質な存在はとても目立つ。
 だからボクの視線も自然とシマウマに吸い寄せられる。

「なんで?」

 つい疑問の声が口からこぼれたものの、直後にメリーゴーランドが回転を止め、そしてボクの体を異変が襲う。
 またしても金縛り。「ぐっ、くそっ」首から下がいうことをきかない。
 でもそれだけじゃない。あろうことか意思とは関係なしに足が勝手に動き出す。
 向かうのは搭乗口。
 受付には売店のカウンターで見かけた、あのピエロの仮面をつけたバネ人形が立っていた。
 ひょこひょこ首や手足を揺らしているピエロが、ボクを案内したのはシマウマのところ。
 あらがうことはかなわない。
 ボクはされるがままにシマウマの背にまたがる。
 ピエロが受付にまで戻ったところで、ふたたび動きはじめたメリーゴーランド。
 シマウマが上下にガタガタと揺れたところで、ふいに金縛りが解けた。
 危うく落ちそうになったボクはあわてて目の前のポールにしがみつく。
 何年ぶりぐらいに乗ったのかは思い出せない。かつてはボクもこの遊具に喜んで乗っていた時期があったはず。
 より刺激を求めて過激に先鋭化し続けている遊園地の遊具だが、一方では昔ながらのメリーゴーランドがいまでも小さな子どもたちに人気があり、お年寄りらも懐かしがって楽しんでいると聞く。
 けど、あらためて乗ってみてボクが感じたのは郷愁にはほど遠く、「こんなに気味の悪い遊具だったのか?」ということ。
 なにせすべての馬たちがポールで串刺しにされて固定されているのだから。
 回転木馬といわれているとおり、床ごと全体が回っているから、馬や馬車はその場で上下をしているだけに過ぎない。
 虚飾にまみれた空々しい舞台。その上を大量の馬の死体がぐるぐるぐるぐる。延々と回っている。
 そんなうがった見方や考えを抱くのは、ボクがそれだけつまらない大人になったせいなのだろうか。

  ◇

 強制的にメリーゴーランドに乗せられた。
 いったいこの行為にどのような意図があるのかは、少しばかりシマウマから離れたところにある馬車の乗客が教えてくれた。
 小さな白い影が二つ。仲良く手をつなぎ、ちょこんと座っている。
 これまでの影と同じく詳細な輪郭はわからない。見えているのにちゃんと認識できない。けど、たぶん男の子と女の子だ。それもきっと双子。どうしてそう感じたのかは不明ながらも、きっとそれは正しい。

「ねえ、お兄ちゃん。いっしょに遊ぼうよ」と男の子の白い影。
「ねえ、お兄ちゃん。いっしょに遊びましょう」と女の子の白い影。

 抑揚のないくせにやたらとよく通る声。
 淡々と話しかけられるもボクは二人を凝視するばかり。

「かくれんぼなんてどうかな? オニごっこもいいよね?」と男の子の白い影。
「お人形さん遊びがいいわ。ママゴトをしましょうよ」と女の子の白い影。

 あーでもない、こーでもない。
 二人していろんな遊びを提案してくる。
 けれどもボクはロクに返事もできずに固まっているだけ。
 ついにジレたのか、女の子の白い影が立ち上がるなり言った。

「だったらお医者さまごっこをしましょう。お兄ちゃんが患者さんで、わたしたちがお医者さん」

 すると隣に座っていた男の子の白い影も立ち上がる。

「うん。だったらさっそく手術をしないといけないよ。手遅れになったら患者さんがたいへんだ」

 なおも手をつないだままの双子。
 各々の空いている方の手がぐにゃりと変化。
 男の子の右腕が手術用の大きなハサミとなり、女の子の左腕が手術用の大きなメスとなった。

「手術、手術、楽しい手術。わくわく手術。ざっくりお腹を裂きましょう」
「手術、手術、楽しい手術。わくわく手術。ちょきちょき悪いところを切りましょう」
「ざくざくざくざく裂きましょう」
「ちょきちょきちょきちょき切りましょう」
「手足や腸もざくざくざく」
「心臓や胃もちょきちょきちょき」
「目玉もざくざく」
「脳みそもちょきちょき」

 物騒な内容をコロコロ愉快そうに歌う双子の白い影。
 理不尽な状況に身を置くようになってから、ボクはずっと孤独を抱えている。途中で相棒の白い腕と合流できたけれども、彼女は意思の疎通こそ可能だが話せない。
 ずっと会話に飢えていた。飲食を必要としない体でも渇きはあったのだ。求めていたのは自分以外の誰かの言葉や声。
 それなのにようやく得られたソレがこんなのばかりだなんて……。あんまりにもほどがある。悔しさでじんわり視界がにじむ。
 でもだからこそ、ある想いがボクの内にふつふつと湧く。それは「こんなところで、むざむざと殺られてなんてやるものか!」という想い。
 子どもらのオモチャにされて、生きながら解剖をされるのなんて、まっぴらごめんだ。こんな茶番になんてとても付きあっていられない。
 ゆえにボクはすぐにシマウマの背から飛び降りて、メリーゴーランドから脱出しようとする。
 しかし一歩も動けない。また金縛りになったわけじゃない。今度は自分の意思で動けなかったのである。
 いつの間にか床が消えていた。
 黒々とした闇だけがそこにあった。
 なのにメリーゴーランドは回り続けている。


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