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002 大地のつるぎ

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 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
 それを自分の魂や精神やらをゴリゴリ削って創成する「剣の母」に選ばれてしまった、わたしことチヨコ。辺境育ちの十一歳。先祖代々生粋の農耕民。
 ひそかに趣味の園芸と実家の農業の二刀流にて、第一次産業の星を目指す野心を秘めていたというのに、いまや真逆の激動人生を爆走中。
 おかげで毎日がとってもにぎやかで刺激的だよ、こんちくしょうめ!

 鉄と職人の国パオプをめぐる騒動。
 これを解決するのに奔走したお礼のオマケとして、なぜだか地の神トホテより賜るみたいな形で、第三の天剣が顕現。
 第一の天剣、白銀の大剣姿である勇者のつるぎミヤビ(長女)。
 第二の天剣、漆黒の大鎌姿である魔王のつるぎアン(次女)。
 そして新たに誕生した第三の天剣、大地のつるぎなんだけれども……。
 なぜだか手の平にちょうどいい大きさの金づち姿。頭と柄のところが一体化した造りにて、とりたてて珍しい形状ではない。
 畑を耕しているときに出てくる土くれやら石を砕くのにちょうどいい感じ。あとは固い木の実の殻を割ったりするのにも。肉をダムダム叩いて柔らかくするのにも使えそう。

 アンの持つ転移のチカラにて、クンロン山脈の奥地にあるパオプ国から神聖ユモ国へと直帰するかたわら、わたしは第三子(槌)を、ツツミと命名する。
 名前の由来は、あちこち叩くと「コンコン、カンカン」といい感じに音が響くから。
 過去の経験則からすると、名前をつけられた天剣たちは狂喜乱舞して、しばらくは危なくて近寄れなくなる。
 自我を持つ存在として、この世に生を受けた身としては、名は体を表し自己の確立を意味するもの。
 それを剣の母からじきじきに与えられることが、天剣にとってはむちゃくちゃうれしいらしい。
 だから今回も警戒をしていたんだけれども、ツツミはちがった。
 ちがうといえば、初登場したときからしてがちがう。
 ミヤビとアンは、はじめは本来の姿で顕現し、あとから白銀のスコップと折りたたみ式草刈り鎌の姿へと変身した。
 けれどもツツミは最初っから小さな金づち。
 で、どうなったのかというと……。

「でけえ」

 わたし、あんぐり。

「城門ぐらい一撃でぶち壊せそうですわ」

 ミヤビ、ちょっとあきれている。

「……破壊粉砕の権化。イカす」

 アンは末妹の勇姿を気に入ったみたい。

 狂気乱舞し全身にてよろこびを表現しないかわりに、ツツミは本来の姿へと逆変化。
 それはとてもおおきな蛇腹の頭を持った破砕槌。
 頭の部分だけでも、うちのお父さんよりずっと大きい。柄も長くて、下手な槍よりもごつい。ムキムキの大人が数人がかりで、ようやく持ちあがりそうな威容。
 こんなの誰があつかえるんだよ。
 といった、超重量級のたたずまい。
 けれどもツツミから促されるまま、手に持ってみたらめちゃくちゃ軽かった。
 まるで羽のような軽さにて、わたしは二度びっくり。
 そしてわたしが担ぐと、ちんまい娘が巨人の槌を持っているような奇妙な構図となる。

「心配ご無用。それがし、身の重さを自在に変えられるがゆえ。母じゃには、けっして負担はかけませぬ」とツツミ。

 それはすごいと感心するも、気になることが。
 大地のつるぎをふるたびに「ピコピコ」とかわいらしい音がする。

「なんで?」

 わたしがたずねたら、ツツミはもじもじしながら言った。

「だって、それがしもいちおうは女の子ですもの」

 フム。なにやらわかるような、わからないような……。
 これがこの子なりの乙女の主張なのかしらん?

  ◇

 魔王のつるぎアンの転移能力によって創り出された空間内部。
 薄暗い中を、足下に浮かんだ光の線を頼りに進む。
 車輪つきの行李をグイグイひいてくれるツツミ。
 三女(槌)はとっても力持ちにて頼りになる。
 いや、ミヤビとアンも、ああ見えてチカラは強いので、牽引するのは問題ないのだけれども。なんというか、こう、たくましい破砕槌の見た目がいかにも頼もしい。
 ポポの里の南に住んでいる立派な黒馬の銀禍獣マオウに通じる、威厳があるというか、どっしり安心安定感?
 おかげでわたしは白銀の大剣姿のミヤビに乗って、楽ができる。
 アンは行李の上にてだらりと寝そべっている。鎌首をもたげては、ときおりお姉ちゃん風を吹かせて、えらそうに何ごとかを末妹ツツミにのたまっている。
 へんなことを吹き込んでいなければいいのだけれども。
 あと帰国したら、まずはツツミのチカラの把握をしなくちゃ。
 他にもやるべきことを、あれやこれやと考えているうちに、光の線をたどり終えて薄闇を抜けた。
 これにて転移完了。
 が、目の前の光景にわたしはしばし呆然。

「えっ、どうして?」

 そこは神聖ユモ国の宮廷内、ウノミヤの奥にある星拾いの塔の天辺であった。


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