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029 ある夜の天剣たち
しおりを挟む十一歳のチヨコはまだまだ子ども。
それに農家の生まれということもあって、ずっと朝が早い生活を続けてきた。
だから夜更かしは苦手。わりと早い時間に就寝する。すぴー。
剣の母が安らかな寝息を立てているかたわらで、もぞもぞと動き出すのがチヨコの精神やら魂を分け与えられて、この世に顕現した娘たち。
長女である白銀のスコップ姿のミヤビ。
次女である漆黒の草刈り鎌姿のアン。
三女の金づち姿のツツミ。
そーっと帯革より抜け出した天剣三姉妹。
室内にある卓上へ、ふよふよ浮かんで宙を移動。
で、彼女たちがきたところで卓に置かれてあった鉢植えの土がもぞもぞ。
なかから「よっこらせ」と顔を出したのは、単子葉植物の禍獣ワガハイ。
「やれやれ。今宵もケイテンは外へ行っておるみたいだな。ときおり酒の息にまじって血のニオイなんぞまとわせおって……。こわいこわい。いったいどこで何をしているのやら」
黄色い花弁をゆらゆらさせて室内を見渡しワガハイが嘆息する。
「おおかた国絡みの仕事でしょう。影とは本来そういったお役目みたいですし。なにかといけすかない女ではありますが、裏の顔をチヨコ母さまに見せない点だけは、認めてあげなくもありませんわ」とミヤビ。
「……何が狙いやら。目を離している隙に、母が自分たちを連れてとんずらしたら、どうするつもり?」
アンには空間転移能力がある。一度行ったことのある場所ならば、何処へでも逃げられる。
次女アンが冗談まじりに言えば、これに末っ子のツツミが異論を挟む。
「母じゃの性格を考えれば、それを出来ないのは明々白々。なにせ母じゃにはポポの里に大切なご家族がおりまするゆえ。これを捨てて何処かへと出奔することは、万が一にもないとの判断なのでござろう」
直接的な拘束はいっさいせずに、関係性を深めることで、自縄自縛とし動きを封じる。
血を流さず、乱暴狼藉もない。
信頼を構築しているといえば聞こえはいいが、実態はクモの巣にかかったチョウのように、心をからめ取る巧妙なやり口。
意図したものなのか、たまたまそうなったのかはわからない。
それでも自分たちの大切な剣の母が、周囲の大人たちの都合でいいように使われていることに、娘たちは内心で憤りを覚えていた。
「いっそのこと天剣のチカラをふるって、武威を示せばよろしいのに。どうにも歯がゆいですわ」
「……うんうん。言ってくれればまとめてバッサリ」
「それがしとて、いかなる敵をも粉砕してご覧にいれまする。にんにん」
ミヤビ、アン、ツツミが想いのたけを吐露すると、「やれやれ」と枝葉をすくめてみせたのはワガハイ。
「親の心子知らずとはよくいったもの。どこの世界に我が子を修羅道へ邁進させてよろこぶ母がおるものか。チヨコが天剣のチカラを極力使わないのは、おまえたちを血で穢したくないからであろうに」
思い返してみれば、チヨコは専守防衛に努めており、自分から戦いを仕掛けることはない。
もちろん敵意と牙をむいてくる相手には情け容赦なしだが、チヨコが怒るのはもっぱら自分の身近にいる誰かが傷つけられたときばかり。
「チヨコは本来であれば辺境の片隅でのんびり田畑を耕しながら、穏やかな生涯を送るはずの娘であったのだ。それがなんの因果か、神々より使命を授かり剣の母となった。
おそらく多くの者たちが初見時に、『どうしてあんな娘が?』と首をかしげたはず。
だが、ワガハイはむしろチヨコであってくれて良かったと思っている。
どうやらチヨコの中には行動の規範となる明確な線引きがあるようだ。それがあの子の進むべき道を指し示しており、多少はぐらつくことがあろうとも、けっして本筋をそれることがない」
生来から備わった性格や気質、育った環境、家族との絆、里のみんなとの距離、施された教育、植えつけられた知識、実地で学んだ幾多の経験……。
すべてが影響しあい、溶けて混ざりあい、奇跡的に誕生したのがチヨコという娘。
母アヤメや妹カノンのように華やかさはないし、父タケヒコのように容姿が整っているわけでもない。どこまでも平凡の域をでない。
「だが、だからこそ強い」
ワガハイの言葉に、首をかしげる天剣三姉妹。
「これはあくまでワガハイの推測なのだが」との前提にてワガハイが口にしたのは、ある仮説について。
チヨコが家族とあまり似ていないのは、辺境に生きるがゆえの種としての知恵の産物。
例えば、全員の容姿が整っていた場合を考えてみればいい。
おそらく早々に他者の手に落ちて、とても命脈を保つことはできなかったはずだ。
美味しい果実ばかりの木には、これを目当てとする多くの生き物が群がる。それらの手によって種は別のところへと運ばれ、どこぞで芽吹くこともあろう。
けれどもその中にマズイ果実が混じっていれば、ひと口かじってきっとポイっと捨てられるはず。あるいは見向きもされまい。
遠くを目指すばかりが種の保存ではない。
近くで確実に根を張るのもまた立派な生存戦略。
前者は種の可能性を模索するような存在。
後者は種をより強固に発展させるような存在。
「チヨコはたぶんそういった類の娘なのだ。荒々しい辺境の自然にて育まれ磨かれた純血種。ポポの里周辺のいかれた環境を考えれば、これはとんでもないこと。
見た目の美醜なんぞは些末なことよ。
チヨコの小さなカラダに内包されておる生命力、魂の輝きは、それこそ伝説の金禍獣『鳳凰』に匹敵するやもしれん」
大好きな母親をべた褒めされて、無邪気によろこぶ天剣三姉妹。
「さすがはチヨコ母さまですわ」
「……母、すごい」
「小粒でもピリリ。やはり母じゃはただ者ではなかったか」
だが、その裏でこっそりワガハイが「もっとも、それゆえに娘たちがなかなか意中の相手と巡り会えぬのかもしれんが」とつぶやいた声は聞こえなかった。
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