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031 大練武祭、開幕。
しおりを挟む大練武祭。
本選出場者は各地の予選を勝ちあがってきた三十六名に、飛び入り参加枠の四名が加わり、計四十名で覇を競う。
対戦形式は一対一の勝ち抜き戦。
十人ずつ四つの組に分かれて武芸を競い、各々の組で勝ち残った最上位者四名にて再抽選。
準決勝、決勝を経て最強を決める。
事前に説明を受けてわたしは「なぁんだ。選定の儀の規模をちょっと大きくしたものか」と思った。
選定の儀とは、神聖ユモ国にて行われた武芸大会のこと。勇者のつるぎミヤビにふさわしい人物を探し出すとの名目で行われた。詳細は割愛するが、裏でいろいろあってたいへんだったから、あまりいい思い出はない。
今回わたしは賓客として招かれた身にて、王さまから開会の挨拶を頼まれた。
けれども堅苦しい言葉は不用。
ちょいと天剣にて、場内をびゅーんとしてくれるだけでいいとの話。
だからわたしは白銀の大剣姿のミヤビにのって、会場につめかけた観客たちの頭上を「ひゃっほー」
背後にぐるぐる回転しながら飛ぶ漆黒の大鎌姿のアンと、同じくぐるぐる回転して飛ぶ蛇腹の破砕槌姿のツツミを従えて、颯爽と宙を駆る。
それだけだと愛想がないので、紙吹雪のオマケつき。
これが大受け。
観客たちは総立ちにて「剣の母さまー」と大熱狂。
その興奮のままに、大練武祭が始まる。
◇
槍の名手によりくり出された鋭い穂先。
刺突を鉄製の手甲でそらし、すかさず懐へと踏み込もうとするのは体術の使い手。
させじと槍の石突が跳ねあがる。
半歩ほど身を引いてかわしたすきに、ふたたび両者の距離が開く。
優れた武芸者同士の戦いになると、勝敗を決するは一撃。どちらが先にそれを相手に叩き込むか。
問題はそれをより確実に当てる間合いと位置の確保。
激しいやり取りの合間にまぎれ込ませた虚実。
高度な戦術と洗練された技の応酬。
ある観客は戦いにただただ熱狂し、ある観客は息を呑み、またある観客は一心に見つめて何かを得ようとする。
かくして始まった大練武祭。
開催期間は四日間。
最初の二日で各組の最上位を決めて、なか一日休みを挟み、最終日の午前中に準決勝、午後から決勝を行う。
すべての試合が終了したらそのまま都をあげてのお祭りへと移行して、優勝者とユラ神を称え、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎがひと晩中続くといった流れ。
大会の概要を説明されたとき、わたしは選定の儀の延長のような印象を受けていたのだが、どうしてどうして。
まず規模がちがう。
大闘技場内に設置された四つの石舞台にて同時に展開される試合。
客席と試合会場が近いから、伝わる迫力がぜんぜん比べものにならない。
剣戟音どころか、戦士たちの息づかいをも聞こえてきそうな距離。
賓客用の席でもそれなのだから、一般客はもっと近い。それこそ戦っている当人たちが身にまとう熱を共有するほどに。
選定の儀のときなんて、めちゃくちゃ離れていたから、戦いなんて豆粒ぐらいにしか見えなかったというのに。
まぁ、そのおかげで水の才芽を応用した遠見の術が編み出せたんだけどね。
おしむらくは日常生活においては、ほとんど使い道がないことだ。一度、この術で何かとお世話になっている女官のカルタさんの肌の状態を調べようとしたら、しこたま怒られた。
以来、その術の存在をも忘れるほど放置していたのだけれでも、わたしはひさしぶりにこっそりと使用する。
とはいえ戦いを見物するためではない。
見るのはちょうどわたしたちの席とは会場を隔てて、反対側にある賓客用の席に陣取っている連中。
案内役の人にそれとなくたずねたら「商連合オーメイの方々です」とのこと。
真偽のほどはともかく、何やらきな臭いところがある商連合。それでもいずれは顔をあわすことになるので、ちょいと見ておこうと思い立った次第。
目をギュッとつぶって、涙を絞り出し瞳に潤いをあたえる。
その際に水の才芽を発動、「見えろ、みえろ、えろえろ」と念ずる。
まぶたをそっと開ければあらふしぎ!
視界良好にて、すっきりしゃっきり。遠くも鮮明に見えちゃう。これぞ遠見の術。
で、いきなり視界に飛びこんできたのは、グフグフと笑いそうな巨漢の太っちょさん。
上等そうな生地がふんだんに使われたゆったりした衣服。全体が水ぶくれしたようなカラダ。かわいげのない指にはゴテゴテした宝石の指輪。金の首飾りがたるんだ肉に埋もれており、優雅さの欠片もない。
傲慢、強欲、暴食、怠惰……。
そんな言葉がつらつらと思い浮かぶような容姿。
まるで人の持つ悪徳を濃縮してこしらえた肉団子のようにて、ひと目で「やばい」と感じさせる人物。
けれども、わたしがいっそうの警戒を覚えたのは、巨漢のとなりにいた黒い長衣姿。
頭まですっぽりと覆われており、口元も隠されているから顔はわからない。
ただその奥にある闇がものすごく気になった。
眺めているだけで心がざわつく。どうにも胸がむかむかして、イヤな感じがする。
そしてわたしはこの感覚を……知っている?
思い出そうとして記憶の引き出しをガサゴソ漁る。
けれどもそのとき、隣に座っていたケイテンが「チヨコちゃん」と小突いてきたので思考が中断され、はずみで遠見の術も解けた。
ケイテンが指さしていたのは、四つの石舞台のうちの南西のところ
そこにはこれから戦いへと臨もうとする仮面の剣士の姿があった。
アスラの登場である。
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