月とすっぽん

月芝

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月とすっぽん

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「菜の花畠に、入日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし。
 春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し」

 夜空に浮かぶ、ほのかに霞むお月さま。

 周囲の星座たちは、口々に彼女の美しさを誉めそやす。

 彼女を讃えては歌いだす春の一夜の物語。

「ああ、あなたはなんて罪つくりなお方なのでしょうか」

 おおぐま座が彼女の耳元で甘く囁けば、負けじとこぐま座は、「あなたの輝きを前にすれば、すべてが霞んで見えてしまう」と彼女の前にひざまづく。

 賛辞に酔いしれて、すっかり悦に浸るお月さま。

 すると、うしかい座やしし座はこぞって彼女に踊りの相手を申し込む。

 殿方たちをすっかりとられたおとめ座は、むっつり顔で壁の花。

 そんな春の宴が天上で繰り広げられていたとき。

 はるか地上にてヨチヨチと歩くモノの姿をお月さまが見とがめた。

 彼女が何者かと思って、自分の輝きにてソレを照らしてみる。

 すると月明かりの下、川から沼への道を急ぐ、すっぽんの姿が映し出される。

 緑のコケ色をした四肢、ニョロリと伸びた首。

 尖がった口先を見て、その面の不味さに思わずクスクスと笑ってしまうお月さま。

 すると周囲にいた星座たちも、つられてすっぽんに嘲笑を浴びせる。

 このあまりの仕打ちに、すっぽんが天を仰ぎながら文句を言う。

「あなた方は一体、わっちに何の怨みがあるのでしょうか?
 どうして、わっちを辱めるような態度をとるのでしょうか?」

 するとお月さまは、よせばいいのにありのままに理由を答えてしまうから、すっぽんはすっかり怒ってしまった。

 たしかにお月さまは美しく、彼女からすれば自分は醜いのかもしれない。

 だがこのまま引き下がったのでは、すっぽんが廃る。

 そこですっぽんはお月さまに、ある勝負を持ちかけた。

「よござんす。そこまで言われるのならば、わっちとひと勝負といきましょう」

 すっぽんが持ちかけた勝負。

 それは今宵この後、この道を通る一人の人間に、月とすっぽんの、どちらが良いかを選ばせて、選ばれたほうが勝ちとするもの。

 何をわかりきったことをと呆れる星座たちをよそに、これは宴のよき余興となると、勝負を受けるお月さま。

 こうして誰が見ても無謀とも思える勝負が始まった。

 しばらくすると夜道をトボトボと歩いてきたのは白髪の好々爺。

 この老人、楽隠居を決め込んでからは趣味の俳諧三昧な御仁。

「そこな御仁。我を眺めて一句詠んでおくれ」

 老人に声をかけるお月さま。

 その声に導かれるように空を仰ぎ見た老人は、見事な月に、しばしうっとり。

 月といえば俳句では定番中の定番のお題。

 そこで、さて一句と老人が詠もうとしたところで、足下よりすっぽんが声をかける。

「もしもし、そこな御仁。わっちを眺めて一句詠んでおくれ」

 声の主をみて、つい顔をしかめる老人。たしかにすっぽんを秋の季語として詠まれる俳句もあるが、いかんせん夜空に輝く月と比べると……。

 まさに月とすっぽんという有様。とてもではないが、詠む気がしない。

 するとその様子を察したすっぽんが老人に誘い水を送る。

「もしもわっちを選んでくれたら、御仁のしな垂れた枯れ柳を、立派な新芽に蘇らせてあげましょう」

 これを聞いた老人は大喜び。

 さっそく一句読んで、すっぽんを胸に抱きかかえるとスタスタと夜道を歩き出す。

 まさかの展開にお月さまをはじめ、夜空の星座たちも大慌て。

 そんな天の方々を尻目に、してやったりのすっぽんが大見得を切る。

「あらあら天の皆様方は、どうやら、わっちの味をご存知ないとみえる」

 これにて完全に勝負あり。

 この言葉を聞いたお月さま。負けた我が身を恥じてお隠れになった。

 後に残された星座たちは、去りゆく君を見送りながら寂しげに歌う。

「里わの火影も、森の色も、田中の小路をたどる人も、
 蛙のなくねも、かねの音も、さながら霞める朧月夜 」

 そしてこの一事により、お月さまはすっぽんが出歩く夜には、決して姿を見せないようになったとか。

 ちなみにお月さまとの勝負に勝ったすっぽん。

 すぐ後にまんまと老人の腕の中から逃げおおせた。

 おかげで御仁の枯れ柳は、ただ空しく風に揺れるのみ。


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