10 / 62
010 社交免許証(仮)
しおりを挟む宵闇の町を抜けると広場に出た。
広場には朱、黒、白の三つの大鳥居が立っている。
そのうちの黒い大鳥居を潜ると、あらわれたのは田舎の町役場のようなこじんまりとした建物。
ここが猫嶽の役所にて、なかの造りもまんまである。
カウンターで応対してくれたのは、眼鏡をかけた少し哀愁が漂っている茶トラのおじさんネコ、腕につけている袖カバーがいかにも事務員っぽい。
御所さまが必要な書類を事前に用意してくれていたおかげで、申請はとどこおりなくすんだ。
ここからはしばし別行動となる。
和香はひとり指定された会場へと向かう。
初心者講習が行われるのは、別館二階の角部屋であった。
どうやら和香が最後だったらしく、部屋にはすでに二十匹ばかりいて、みなお行儀よく座っては講習がはじまるのを待っている。
これが多いのか少ないのか、和香にはわからないけども、猫又というのはわりとそこかしこにいるのかもしれない。
カラン、コロン、カラン……
開始のチャイムが鳴った。
登壇したのは、福福しい体をした猫耳のおばちゃん。
「はい、みなさんこんにちわ。本日の初心者講習を担当する田中です。ちょっと長くて退屈するかも知れないけど、大事なのでしっかり静聴するように」
講習時間は四十五分。
内容は猫又の心得に始まり、人間社会で暮らす上で特に気をつけること、悪さをしたときのペナルティ、各種コンプライアンス、SNSとの賢い付き合い方、トラブル時の対応などなど。
具体例とともにスライド映像なんかも交えては説明する。
これがなかなか興味深い。和香はちっとも退屈なんてしなかった。
感覚的には人間寄りなので、猫又側から見た人間社会という視点がとてもおもしろかった。また、なんといっても田中さんの軽妙な語り口が楽しくて、ついつい話に惹き込まれてしまう。
そのため、あっという間に講習は終わってしまった。
そのあとはそろって場所を移動する。
ゾロゾロ向かったのは別館一階だ。そちらの撮影室にてパチリと免許用の顔写真を撮影し、それが終わったら待合室にて自分の名前が呼ばれるまで、じっとしているようにと言われた。
どれぐらい待たされるのかとおもったら、ほんの十分ほど。
次々と呼ばれて田中さんから手渡されたのは、できたてほやほやの社交免許証(仮)である。
古峰くんのファンクラブの会員証よりもしっかりした造りにて、本物の自動車の運転免許証にそっくり。
顔写真の背景が白いのは(仮)のため。
これが取れるのは一年後だ。いまはまだ仮免扱いにて、半年ごとに更新をしなければならない。
その後は、本免となり顔写真の背景がグリーンになるも、世間的にはまだまだヒヨッコ。更新は一年ごと。
グリーンを無事に三年維持すれば、ブルーに昇格する。ブルーになると一人前扱いとなり、更新も二年ごとになる。
ブルーを六年維持すれば、いよいよゴールド免許だ。
更新は五年ごとでよくなり、有効期限がぐっと長くなる。次回の更新講習の時間も短くなるばかりか、提携しているお店で提示するとお得な割引サービスを受けることもでき、賃貸契約やローンも組みやすくなるという。
まぁ、それはともかくとして――
さしあたって問題がひとつある。
それは……
「ぷーくくくく、なんだい、あんた、このマヌケな顔は? あー、おかしい」
交付されたばかりの社交免許証(仮)を見るなり、御所さまはゲラゲラと大笑い。
「むぅ、そんなに笑わなくたって」
和香は頬をふくらませる。
免許証の写真に映っていたのはネコの変顔。
どうしてこんな顔になったのかといえば、撮影中にたまたま近くを迷い込んだハエが飛んでいたから。
ネコの習性で無意識のうちに、その動きをつい目で追ってしまったがゆえに起きた悲劇。
気づいたのは交付されたあとにて、残念ながら写真の撮り直しの要望は却下された。
それすなわち次の更新――半年後までこのままということ。
「うんにゃーっ! (なんてこったい!)」
和香はやり場のない怒りに身悶えする。
33
あなたにおすすめの小説
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
大人にナイショの秘密基地
湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
下出部町内漫遊記
月芝
児童書・童話
小学校の卒業式の前日に交通事故にあった鈴山海夕。
ケガはなかったものの、念のために検査入院をすることになるも、まさかのマシントラブルにて延長が確定してしまう。
「せめて卒業式には行かせて」と懇願するも、ダメだった。
そのせいで卒業式とお別れの会に参加できなかった。
あんなに練習したのに……。
意気消沈にて三日遅れで、学校に卒業証書を貰いに行ったら、そこでトンデモナイ事態に見舞われてしまう。
迷宮と化した校内に閉じ込められちゃった!
あらわれた座敷童みたいな女の子から、いきなり勝負を挑まれ困惑する海夕。
じつは地元にある咲耶神社の神座を巡り、祭神と七葉と名乗る七体の妖たちとの争いが勃発。
それに海夕は巻き込まれてしまったのだ。
ただのとばっちりかとおもいきや、さにあらず。
ばっちり因果関係があったもので、海夕は七番勝負に臨むことになっちゃったもので、さぁたいへん!
七変化する町を駆け回っては、摩訶不思議な大冒険を繰り広げる。
奇妙奇天烈なご町内漫遊記、ここに開幕です。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる