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010 社交免許証(仮)
しおりを挟む宵闇の町を抜けると広場に出た。
広場には朱、黒、白の三つの大鳥居が立っている。
そのうちの黒い大鳥居を潜ると、あらわれたのは田舎の町役場のようなこじんまりとした建物。
ここが猫嶽の役所にて、なかの造りもまんまである。
カウンターで応対してくれたのは、眼鏡をかけた少し哀愁が漂っている茶トラのおじさん猫、腕につけている袖カバーがいかにも事務員っぽい。
御所さまが必要な書類を事前に用意してくれていたおかげで、申請はとどこおりなくすんだ。
ここからはしばし別行動となる。
和香はひとり指定された会場へと向かう。
初心者講習が行われるのは、別館二階の角部屋であった。
どうやら和香が最後だったらしく、部屋にはすでに二十匹ばかりいて、みなお行儀よく座っては講習がはじまるのを待っている。
これが多いのか少ないのか、和香にはわからないけども、猫又というのはわりとそこかしこにいるのかもしれない。
カラン、コロン、カラン……
開始のチャイムが鳴った。
登壇したのは、福福しい体をした猫耳のおばちゃん。
「はい、みなさんこんにちわ。本日の初心者講習を担当する田中です。ちょっと長くて退屈するかも知れないけど、大事なのでしっかり静聴するように」
講習時間は四十五分。
内容は猫又の心得に始まり、人間社会で暮らす上で特に気をつけること、悪さをしたときのペナルティ、各種コンプライアンス、SNSとの賢い付き合い方、トラブル時の対応などなど。
具体例とともにスライド映像なんかも交えては説明する。
これがなかなか興味深い。和香はちっとも退屈なんてしなかった。
感覚的には人間寄りなので、猫又側から見た人間社会という視点がとてもおもしろかった。また、なんといっても田中さんの軽妙な語り口が楽しくて、ついつい話に惹き込まれてしまう。
そのため、あっという間に講習は終わってしまった。
そのあとはそろって場所を移動する。
ゾロゾロ向かったのは別館一階だ。そちらの撮影室にてパチリと免許用の顔写真を撮影し、それが終わったら待合室にて自分の名前が呼ばれるまで、じっとしているようにと言われた。
どれぐらい待たされるのかとおもったら、ほんの十分ほど。
次々と呼ばれて田中さんから手渡されたのは、できたてほやほやの社交免許証(仮)である。
古峰くんのファンクラブの会員証よりもしっかりした造りにて、本物の自動車の運転免許証にそっくり。
顔写真の背景が白いのは(仮)のため。
これが取れるのは一年後だ。いまはまだ仮免扱いにて、半年ごとに更新をしなければならない。
その後は、本免となり顔写真の背景がグリーンになるも、世間的にはまだまだヒヨッコ。更新は一年ごと。
グリーンを無事に三年維持すれば、ブルーに昇格する。ブルーになると一人前扱いとなり、更新も二年ごとになる。
ブルーを三年維持すれば、いよいよゴールド免許だ。
更新は五年ごとでよくなり、有効期限がぐっと長くなる。次回の更新講習の時間も短くなるばかりか、提携しているお店で提示するとお得な割引サービスを受けることもでき、賃貸契約やローンも組みやすくなるという。
まぁ、それはともかくとして――
さしあたって問題がひとつある。
それは……
「ぷーくくくく、なんだい、あんた、このマヌケな顔は? あー、おかしい」
交付されたばかりの社交免許証(仮)を見るなり、御所さまはゲラゲラと大笑い。
「むぅ、そんなに笑わなくたって」
和香は頬をふくらませる。
免許証の写真に映っていたのは猫の変顔。
どうしてこんな顔になったのかといえば、撮影中にたまたま近くを迷い込んだハエが飛んでいたから。
猫の習性で無意識のうちに、その動きをつい目で追ってしまったがゆえに起きた悲劇。
気づいたのは交付されたあとにて、残念ながら写真の撮り直しの要望は却下された。
それすなわち次の更新――半年後までこのままということ。
「うんにゃーっ! (なんてこったい!)」
和香はやり場のない怒りに身悶えする。
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