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056 野実神社
しおりを挟む野実神社は牛頭天王(ごずてんのう)を祀っており、疫病退散のご利益があるといわれている地元の人間にはお馴染みの神社だ。他所と兼任らしくふだんは宮司がいないもので、境内は子どもたちにとっては、いい遊び場になっている。
神社が見えてきた。
だが、近づくほどに一行の足取りは自然と遅くなる。
まるで水に足をつけているかのよう、一歩が重い。
それを押して鳥居の前に到着した。
いまはネコの姿になっているせいか、見慣れたはずの鳥居が異様に巨大に感じる。そればかりか……
「にゃ!? (えっ、黒い)」
朱色のはずの鳥居が真っ黒になっていた。
ひたひたと迫る夜の闇、周囲は薄暗くなっており、外灯はすでに点灯している。
なのに黒い。たんなる逆光とはちがう。
うっかり触れたら吸い込まれそうな、艶のない底なしの黒。
黒色の鳥居ならば猫嶽の宵闇の町にもあるけれど、あれとは雰囲気がまるで別物だ。
足がすくむ。
本音を漏らせば、和香はこの下をくぐりたくない。
だがコテツはぶるりと武者震いにて、和香の方を一瞥してから黙って先へと進んだ。これにホワイトナイトも続いたもので、和香だけがいつまでもグズグズしているわけにもいかず、ついて行く。
なおジョーの案内はここまでだ。
いまの上空の状況を考えたら、これ以上は危険なので近くの安全なところで待機してもらう。
◇
境内へと足を踏み入れたとたんに、ヒヤリ、ぞくり。
まるでドライアイスでも焚いているかのように、地面を這うように薄っすらと白い靄(もや)が漂っており――寒っ!
神域は木々に囲まれており世俗からは隔絶された空間。ゆえに夏場でもちょっとひんやり涼しい。
でも、それよりも一段と気温が下がっている気がする。空気も張り詰めている。
参道は三十メートルほどの直進ののちに、左へカクンと折れている。
敷き詰められた砂利を踏みしめ慎重に進む。
とても静かだ。
耳に届くのは自分たちの呼吸とわずかに鳴る足音のみ。
上空にたむろしているトリたちの気配もまるで感じられない。たしかにいるはずなのに。
本当にここに逃げた少年や、それを追う大勢の動物たちがいるのか。
――もしや、たぶらかされているのでは?
ふと和香はそんな疑念を抱いた。
だがちがった。
みんな、たしかにここにいたのだ。
角を曲がったところで、和香たちはギョッとして立ち止まる。
待ち受けていたのは大量の目、目、目……
首だけひねり一斉にこちらを振り向いた動物たち。
まるでガラス玉のような瞳であった。
無機質にて、そこにはいかなる感情も見えず。
二の鳥居の奥、拝殿前の広場にて、集った動物たちが幾重に輪となっている。
その輪の中心に少年の姿があった、うつ伏せで震えている。傷だらけにて苦しそうにあえいでいるものの、いちおうはまだ無事のようだ。
残酷な童話のような光景に、和香は言葉も出ない。
ホワイトナイトは耳をピンと立て、スッと目を細めては全体を見つめている。やや前傾となり警戒態勢にて、いつでも動けるようにと四肢に力をたくわえている。
一方でコテツはキョロキョロ、彼の目的はあくまでいなくなったルナちゃんだ。和香もそのことを思い出し、いっしょになって探す。
が、肝心のルナちゃんの姿がどこにも見当たらない。
彼女はまだほんの子どもだ。小さいゆえに他の動物たちの陰に隠れているのかもしれない。
そうしたらコテツが小声で言った。
「なぁーご。(いたぞ、あそこだ)」
コテツが見ていたのは拝殿の屋根の上は大棟のところ。
そこにちょこなんと座っては、こちらをにらみつけている小さなミケネコの姿があった。
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