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わたしのなまえ
しおりを挟む気がついたとき、わたしはそこにいた。
だがそれだけだった。
何も見えない。
何も聞こえない。
何かをしようにも、何も出来ない。
わたしは生まれながらに闇と静寂に支配された世界の住人。
だがそれもそのはずで、わたしには目も耳も口も、手足というモノすらなかったのだから……。
そこにいるというだけの存在。
それがわたしだった。
わたしに許されることといえば、己の妄想という殻の中で自由に飛びまわることだけ。
だがそれを何千万回ほども繰り返した頃。
わたしの中に直接、語りかけてくる何者かがあらわれた。
「見ることも聞くことも話すことも叶わぬとは、
なんと不憫な存在だろうか。
よろしい。キミに目と耳と口を与えよう」
何者かがそう言った途端に、わたしの世界に一筋の光が差し込んでくる。
光の筋が次々に闇の中に姿を現しては、わたしの世界へと降り注ぎ、やがてわたしは光の世界の住人となった。
あまりにも眩い光に満ちた世界に放り出されたわたしは、初めのうちこそは戸惑っていたが、次第に目が慣れてくると、己が眼前に広がる景色にとても驚かされた。
その世界は、これまでわたしが想像していたモノとは、似ても似つかないほどの多彩な色で溢れており、いろんな形をしたモノたちが、生命を謳歌していたからだ。
あまりの興奮に、せっかく貰ったのに言葉を発することを忘れるわたしの口。
するとふたたび何者かが、わたしへと語りかけてくる。
ただし今度は頭の中ではなく、耳から聞こえてくる声として。
「どうだ。気に入ってくれたかね」
「はい。とってもうれしいです」
「うむ。それはよかった。
だがその様子では身動き一つ出来ずに不便だろうから、
ついでに手足も与えてあげよう」
何者かがそう言った途端に、わたしの体にムクムクと手足が生えてきた。
おかげでわたしは自由に動き回れるようになり、なんにでも手で触れることが出来るようになる。
足の裏に感じる大地の感触、草花の香り、それどころかその辺を無造作に転がっている小石を、ギュッと握り締められただけでも、なんだか嬉しい気分になってくる。
するとまた何者かが、わたしへと語りかけてきた。
わたしはあらんかぎりの感謝の言葉を述べた後に、ずっと抱き続けていたある疑問をたずねてみた。
「わたしはいったい何なのでしょうか?」
すると何者かはこう答えた。
「キミは欲望だよ」
欲望、それは不足を感じてこれを満たそうと強く望む心。
初めて自分という存在の正体を知ったわたしは、ようやく胸のモヤモヤが晴れたような気がした。
するとそんなわたしに何者かが言葉を続ける。
「たしかにキミは欲望という名前の存在だった。
だが今では欲望に立派な手と足がついたので、
これからは人間と名乗るがいいよ」と。
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ははははは。
確かに人の本質は、手足のついた欲望ですね。
ただ、知性と理性が無いなら、それはまだ良くて赤ん坊。
大きくなっても知性と理性が無いなら、それは人に似た姿の何かでしか無い。
知性と理性を持って、己の欲望を制御しましょう。
(*´・ω・`)b
それこそが、人とケダモノ(動物に非ず)の大きな違いでもあると考えます。