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しおりを挟むシャムドから提示された書類に記されてあったのは、レイナン帝国と商連合オーメイとの国力をわかりやすくまとめた比較表。
辺境の里で基礎教育しか受けていないわたしですらもがわかるほどの、圧倒的な差。
ありとあらゆることで負けている。オーメイは近隣に並ぶもののないほどの繁栄を続けているというのに。
いつしか書類を持つわたしの手が小刻みに震えていた。
「これって、バクメのチカラを使って調べたの?」
たずねたわたしの声は少しばかりうわずっている。
はるか昔に北方域にてとんでもないイタズラをやらかした罰として、黄金のランプに封じられた夢神バクメ。封じられてなお人々にちょっかいを出し、気まぐれにもてあそぶ困った存在。
しかしそのチカラを逆に利用し、新たな運営方法を確立したのが、いま、わたしの目の前に座るシャムド。
彼女は現実の膨大な情報を夢の世界に持ち込むことで仮想現実を構築、未来予測を行っていた。
これがロイチン商会の大躍進の秘密。
もっともシャムドはそんな大切な黄金のランプを、散々に使いつぶして、最後は捨て駒としてあっさり見限ってしまった。
理由はたぶんもう必要じゃないから。彼女はきっと夢神バクメのチカラがなくても、同等かそれ以上のことを自力で行えるようになったんだ。
「あら? あの老いぼれ駄神ってば、そんなことまでベラベラ喋っていたの。まったく、これだから口の軽いやつは嫌いなのよ。やっぱり頃合いだったみたいね。あと腐れなく縁が切れてよかったわ。そういった意味ではチヨコさまには本当に感謝しないとね。ありがとう」
小娘相手に慇懃に礼を述べるシャムド。
にこやかな表情のままに、さらに言葉を重ねる。
「で、話をもとに戻すわね。あなたは表の内容にずいぶん驚いているみたいだけど、じつはそれでも数字はかなり控えめなのよ。あくまで漏れ伝わってくる情報をもとに算出しただけだから。
本当ならば自ら帝国へと赴いてじっくり検分したいところなんだけど、こっちの大陸とあっちとの間には直通の航路が確立されてないのよね。かといってこちらからヘタに誰かを派遣すると、ヤブヘビになりかねないし」
海の彼方にあるレイナン帝国。
数多の国々を併呑しつつ肥大化を続けている侵略国家。
工作員を派遣して、いろいろとちょっかいをかけてくる相手ながら、その実態はあまりわかっていないのが現状。
だというのにシャムドはその情報を持っていた。
いろいろとヤバい取引を行っているからこそ関係者を通じて得られるもの。ぶっちゃけ値千金どころではない。各国に売り込めばとんでもない財となるであろう。
そんなシロモノをあっさり開示したのは……。
「私はこの国がどうなろうと、知ったこっちゃない。たいして何かをしてもらった記憶もないし、思い入れもあまりない。むしろ他人の足を引っ張ることしか能のない役立たずどもは、全員とっとと滅んでしまえとすら思っている。
けれども戦争になったら商会や店や従業員たちが被害を受けてしまう。それは困るの」
シャムド、愛国心全否定にて本音全開。
でも、まぁ、その気持ちはわたしも少しわかる。
皇(スメラギ)さまとか星読みのイシャルさまとか、国の中枢を担うえらい人と接点がまったくなかった時分であれば、たぶんわたしも同じようなことを考えていたと思う。
あと、なんだかんだで従業員の安全を考えている点は好評価。
なんぞとわたしが褒めると、シャムドが「ちがうちがう」と手をひらひら。
人的被害はとり戻すのがとってもたいへん。
なにせ優秀な人材を育てるのには、莫大な時間と手間と費用が必要。個人の資質や性格にやる気とかも絡んでくるから、おいそれとは替えがきかない。
「真に得難きは人材よ。お金はその気になればいくらでも増やせる。でも人間はそうはいかないの。そしてこれこそが我がロイチン商会がここまでやってこれた原動力でもある」
躍進の裏で絶えず黒いウワサがつきまとっていたロイチン商会。
実際にかなりきわどい商いにも手を出している。
ゆえに神聖ユモ国をはじめとした各国のみならず、おそらくは公房会や商売敵などからも調査の手がのびている。けれども一切、証拠を掴ませることなく、ずっと煙にまいて荒稼ぎ。
用心に用心を重ね、慎重に緻密に行動し、なおかつ警備にお金を惜しまなかったこともあるのだろうが、それだけじゃない。
ロイチン商会を守るのは、そこに務める者たちすべて。
彼らこそが最大の壁であり最強の盾であったのだ。
そして商売人は商売人らしく、利のある方につく。
義理や人情、愛国心やら郷土愛、民族の誇り、思想信条なんかはどこぞにうっちゃって、勝ち馬に乗る。わざわざ沈むのがわかっているドロ船にしがみつくのなんて、愚か者のすること。
「もちろん私だって何度も検討に検討を重ねたわ。弟たちだけでなく、信頼のおける優秀な側近たちを交えてね。でも何をどうやっても明るい未来は視えてこないの。
たとえチヨコさま、剣の母と天剣(アマノツルギ)の存在を加味したとしても」
天剣のチカラはたしかに圧倒的である。それこそ単騎にて戦局をたやすくひっくり返すほどに。
でもそれ以上に厄介なのが数のチカラ。
一万の軍勢ならば楽勝だろう。
でもそれが十万、百万、それ以上となった場合はどうか?
燎原の火のごとく拡大する戦線を前にして、個の武勇ではぜんぜん足りない。
しかも戦争になった場合、第一陣として派遣されてくるのは、帝国の支配下にある国の兵士たちだと予想される。
帝国では支配している国を、上から順に特別自治区、属国、隷国、と区分している。
特別自治区は準独立にて、政権と国主を戴くことが許されている。
属国は政権と国主の上に、中央から派遣された統治官がいる。つまり監視のヒモ付き。ときには国家運営に口も出され、属国側に拒否権はない。
隷国は完全に支配下に置かれひたすら搾取される立場。国全体が奴隷となった形にて、強制徴兵により、戦場ではつねに最前線へと立たされる。
帝国への貢献度にて、立場が改善されることもあれば、下げられることもある。
だからこそ彼らは死に物狂いで戦う。故国に残してきた大切な家族や同胞を守るのために、あるいは希望を掴むために。
そんな死兵のあとには、数多の侵略を成功させてきた帝国が誇る精強な軍団が控えている。
ひょっとすれば天剣が奮戦すれば、これらを打ち破り撃退することも可能なのかもしれない。
しかし、その結果、敵味方双方に甚大な被害が出るは必定。
いったいどれほどの命が失われることになるか……。
以上のことを淡々と語り終えたシャムドはずいと顔を近づけ、わたしにこう言った。
「だからチヨコさま。あなたの身柄、このロイチン商会に、いいえ、このシャムドに預けてみる気はない?」
いきなりの申し出。
意図がわからずわたしはアウアウ狼狽えるばかり。
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