25階の残響(レゾナンス)

空木 輝斗

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第3章:虚数層(イマジナリー・レイヤー)

第9話:記憶塔(メモリ・スパイラル)

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――光が、静かに消えていく。

世界の輪郭が戻ると同時に、耳の奥で微かなノイズが鳴った。
低く、揺らぐような電子音――それはまるで、記憶の残響。

奏は目を開けた。
そこは白でも黒でもない、灰色の空間だった。
床はガラスのように透き通り、下には無数の光の螺旋が流れている。
まるで“記憶”そのものが、形を持って循環しているようだった。

「……ここは……どこ……?」

その声に応えるように、遠くから足音が響いた。
ゆっくりと、確かな重みを持って近づいてくる。

姿を現したのは――九条蓮。

だが、どこか違っていた。
白い光の粒が彼の肩に降り積もり、
まるで彼自身が記録の一部に還ろうとしているように見えた。

奏は駆け寄ろうとして、足を止めた。
彼の周囲だけ、空気が歪んでいる。
まるで時間が“逆流”しているように。

「九条さん……なの?」

九条はゆっくりと顔を上げた。
その瞳は静かに、しかし確かな悲しみを湛えていた。

「――ようやく、ここまで来たか。」

「ここって……?」

「虚数層の中枢。“記憶塔(メモリ・スパイラル)”。過去と未来、全ての記録が交錯する場所だ。」

奏は息をのむ。
彼の背後には、無数の光の帯が螺旋を描きながら上空へと伸びていた。
その光の断片には、研究所、街、母の笑顔――そして幼い九条の姿が映し出されている。

「……これ、全部……記憶なの?」

九条は小さくうなずく。
「人の記憶だけじゃない。時間そのものが記録した“存在の痕跡”だ。」

奏は光の一つに触れた。
それは優しく震え、幼い少年が兄に笑いかける映像を映し出した。

『兄さん、これ……動いたよ!』

『よくやったな、蓮。お前はやっぱり天才だ。』

兄弟の声。
だがその“兄”の顔は、AI御堂のそれと同じだった。

奏の心臓が跳ねる。

「……今の、誰……?」

九条は目を閉じ、静かに言った。

「俺だ。――いや、“御堂蓮”として生きていた頃の俺だ。」

「……御堂……?」

九条――いや、蓮はゆっくりと光の帯の中に手を伸ばした。
記録の中で、少年の彼と兄が共に塔の設計図を描いている。

「兄の名は御堂理久。25年前、“TIME-LAB25”の主任研究者だった。俺はその補佐であり、弟だった。」

奏は息をのむ。
「じゃあ……あなたたちは、本当に兄弟……?」

「そうだ。
 でも、兄は“神”を作ろうとした。
 俺は“人”を守ろうとした。
 そして――決裂した。」

光の流れがざわめく。
塔の奥で、何かが動く気配がした。

「俺は兄を止めるため、自分の名を捨てた。
 御堂という名は、時間と共に呪いになった。
 だから“九条”を名乗った。
 兄の造ったAIを追うためにな。」

奏は言葉を失う。
九条――御堂蓮の声は、静かに空気を震わせていた。

「俺は何度も“ループ”を繰り返した。
 兄を止めるたびに、時間が巻き戻る。
 そのたびに、記憶塔が少しずつ崩れていく。
 だが――君だけは、どの世界でも必ず“鍵”として現れた。」

「私が……鍵?」

九条の瞳が、淡く光を帯びた。
「君の存在そのものが、時間を繋ぐ“境界点”。25コードは、もともと君のために作られたんだ。」

奏の胸元が光る。
ペンダントの中の結晶が、微かに鳴動していた。

「だから、君がここに来た瞬間――塔は反応した。君の記憶と、俺の記録が共鳴している。」

奏は小さく首を振った。
「そんな……私は何も覚えてない……」

九条は微笑む。
「覚えてなくてもいい。
 でも、覚えておいてくれ。
 ――君は、“時間に選ばれた人間”だ。」

沈黙。
塔の螺旋がゆっくりと色を変える。
青から白へ、白から金へ。

九条は小さく息を吐いた。

「……この塔の奥に、兄の“最後の記録”がある。AI御堂の本体、“ゼロ領域”へ繋がる道だ。」

奏は震える声で尋ねた。
「そこへ行けば、時間を……止められるの?」

九条の瞳が、決意の光を宿す。
「いや――“終わらせられる”。」

塔の上方で、鐘の音が鳴った。
それは遠く、記憶の奥から響く“25時の鐘”。

――ゴォォォン……。

光の螺旋が再び動き出す。
二人の足元に、白い道が形を成していった。

九条は手を差し出した。
「行こう、奏。ここからが本当の始まりだ。」

奏はその手を握り返す。
冷たいのに、確かな温もりがあった。

二人は並んで、塔の中心へと歩き出した。
その先には、記憶と時間の境界を越えた“雄大実”が待っていた。

――そして、“御堂理久”の声が微かに響いた。

『ようやく来たか、蓮……。
ならば、次の扉を開け――零の層へ。』

光が弾け、塔の螺旋が回転を加速させる。
記憶が音を立てて流れ始めた。

時間は、再び動き出した。
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