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「ゴホゴホ」
フォルテナは朝咳が止まらなくて起きてしまった。
自分の実家よりも北側のこのお屋敷はフォルテナには少し寒かったようだ。
「あー……風邪をひいちゃったかも……」
フォルテナは鼻をぐずつかせながら夫婦の寝室で一人、身を起こした。
だから昨日の記憶がないのだ。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「旦那様にうつってないといいけど……」フォルテナは毛布を一枚自分の部屋に持ち出すとソファでコロリと横になった。
頭が痛い。
自分には予定がないのでこうして体調を崩しても休むことができる。よかった……とフォルテナは思った。
友人との約束や、恋人との逢引、それこそパーティーなどに行ったり忙しくしている人ならキャンセルの連絡を入れたりしなければならなくて大変だったに違いない。
「……よかった……ヒマで……」
フォルテナは寒さを少しでも和らげようと毛布にくるまり目を閉じた。体調不良は寝るに限るのよ……
私は5歳くらいだろうか……
「お母様……お母様」
「…………」
お母様はなんで私の手を握ってくれないのかしら?
フォルテナは廊下で俯く母親の側に駆け寄り手を差し伸べても何の反応もしないことが無性に悲しかった。
「あ、お嬢様。お嬢様!」
「リリー」
リリーが私を見つけて慌てて駆けてくる。
すっかり冷えた手をリリーは包み込むように握ってくれた。
「リリー……お母様ね。私の手を握ってくださらないの……」
「お嬢様。今奥様は心に声が届かないご病気でして……治ったらきっと一番にお嬢様の手を握ってくださいますよ」
「そうかな……?」
「きっとそうですとも!」
リリーの手は温かいけれど少しカサカサしていて……でも当時の私にはそれがすごく嬉しかった。
リリーが手を握ってくれると心まで温かくなった。
風邪をひいた時もずっと側にいてくれたっけ……
もう一人で頑張らなければいけないのね。
リリーはいないんだもの。
誰かが手を握っているような気がする……
温かいわ……
寒くて寒くて堪らなかったのよ……
リリー?
リリー……私今一人で頑張っているのよ。
あなたならきっと褒めてくれるわね。
「……リリー……」
自分の寝言で目が覚める。
と思ったが夢の続きだろうか……あまり視界がハッキリしない……それに喉が乾いて仕方がないわ。
リリーは私をそっと起こすと飲み物を飲ませてくれた。
「あ、ありがとう……」
夢の中でも嬉しくてお礼を言った。
「リリー……会えて嬉しい。私……あなたに会いたかったの……」
夢でも嬉しい。
リリー……私今一人ぼっちだよ。
「リリー……本当は離れたくなかった……なんで大人になると我慢ばかりなんだろう……」フォルテナはゴホゴホと咳き込んだ。
リリーが背中をそっと撫でてくれる。
「寒い……」
私がそう言うとリリーが布団をもう一枚掛けて手を握ってくれた。フォルテナはそれを握り返すと「温かい……リリー」と呟いた。
「お嬢様……お嬢様……」
「……え……?」
フォルテナは夢うつつの中懐かしい声で目が覚めた。
辺りはすっかり暗くなっている……
その暗闇の中にいつものメイド服では無い……普段着のリリーがフォルテナの前にしゃがみこんでフォルテナを呼んでいたのだ。急いで来たのかハァハァと肩で息をしている。
「……幻覚?」
「お嬢様……幻覚ではありませんよ。旦那様から今すぐこちらに行くようにと命が……そんなことより!こんなに汗をかいて……体調がお悪いのでございますね」リリーは涙目になると慌ててバスルームに駆け込んでいる。
タオルを山のように抱えるとフォルテナの服を脱がし、身体を拭いた。
「リリーありがとう……あれ?夢?」
「お嬢様……リリーも夢のようでございます……うっ……またお会いできるなんて……」
「リリー泣かないで……」
フォルテナはリリーの背中を擦った。
その手は力が入っていなくてフォルテナの体調が悪いことが伝わってくる。
「お嬢様……お嬢様……リリーは大丈夫でございますから……ほら、横になってくださいませ。お水を飲まれますか?」
「うん」リリーに支えられて起き上がり水を飲ませてくれた。
「リリーずっといる?」
フォルテナはソファに寝転がるとリリーに聞いた。
ずっと一緒にいたかったのだ。
「今回はお嬢様の体調が戻り次第一度あちらに……でもリリーはお嬢様のお側にいたいので……あちらの旦那様に交渉してみます」
リリーはフォルテナの手をギュッと握るとそう言った。
「リリーがいなくなっちゃうなら……ずっと風邪をひいていようかな?」フォルテナは冗談交じりにそう言った。
リリーは困ったように笑うと「それは困りますよ。お嬢様」とフォルテナのおでこに冷たいタオルを乗せてくれた。
フォルテナがすっかり元気になるとリリーはフォルテナの実家の屋敷に帰ってしまった。
「え?旦那様が?」
「はい、クロードが風邪をひいたので……」
「あ……看病を……」一応妻だし……看病に行くべきなのではないかしら……?
「大丈夫です。私が行きますから」
ハーネットはキビキビと準備をすると部屋を出て行ってしまった。私はポツンと部屋に残されて「今風邪が流行っているのね……」と他人事のように言った。
なぜならフォルテナは闘病中クロードと会っていないから自分のせいではないと思っていた。
今回の風邪は長引くタイプだったのかフォルテナの密かな願いが叶ったのか一週間も寝込んでいた。
初日に会っていたとしてもフォルテナの風邪がうつったのなら二、三日前には発症しているはずだ。だから自分のせいではないと確信していた。
「でも今回の風邪は辛かったわ……」
フォルテナはカーディガンを羽織ると外を見た。
「でもそのせいでリリーに会えた……ふふ、やっぱり私ってばとてもラッキーね」フォルテナはすっかりここで餌を啄むのに慣れた小鳥がバルコニーに様子を見に来ているのをみて、可愛らしさに微笑んだ。
やっぱり結婚してよかった。
私はだんだん幸せになっているもの。
フォルテナは朝咳が止まらなくて起きてしまった。
自分の実家よりも北側のこのお屋敷はフォルテナには少し寒かったようだ。
「あー……風邪をひいちゃったかも……」
フォルテナは鼻をぐずつかせながら夫婦の寝室で一人、身を起こした。
だから昨日の記憶がないのだ。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「旦那様にうつってないといいけど……」フォルテナは毛布を一枚自分の部屋に持ち出すとソファでコロリと横になった。
頭が痛い。
自分には予定がないのでこうして体調を崩しても休むことができる。よかった……とフォルテナは思った。
友人との約束や、恋人との逢引、それこそパーティーなどに行ったり忙しくしている人ならキャンセルの連絡を入れたりしなければならなくて大変だったに違いない。
「……よかった……ヒマで……」
フォルテナは寒さを少しでも和らげようと毛布にくるまり目を閉じた。体調不良は寝るに限るのよ……
私は5歳くらいだろうか……
「お母様……お母様」
「…………」
お母様はなんで私の手を握ってくれないのかしら?
フォルテナは廊下で俯く母親の側に駆け寄り手を差し伸べても何の反応もしないことが無性に悲しかった。
「あ、お嬢様。お嬢様!」
「リリー」
リリーが私を見つけて慌てて駆けてくる。
すっかり冷えた手をリリーは包み込むように握ってくれた。
「リリー……お母様ね。私の手を握ってくださらないの……」
「お嬢様。今奥様は心に声が届かないご病気でして……治ったらきっと一番にお嬢様の手を握ってくださいますよ」
「そうかな……?」
「きっとそうですとも!」
リリーの手は温かいけれど少しカサカサしていて……でも当時の私にはそれがすごく嬉しかった。
リリーが手を握ってくれると心まで温かくなった。
風邪をひいた時もずっと側にいてくれたっけ……
もう一人で頑張らなければいけないのね。
リリーはいないんだもの。
誰かが手を握っているような気がする……
温かいわ……
寒くて寒くて堪らなかったのよ……
リリー?
リリー……私今一人で頑張っているのよ。
あなたならきっと褒めてくれるわね。
「……リリー……」
自分の寝言で目が覚める。
と思ったが夢の続きだろうか……あまり視界がハッキリしない……それに喉が乾いて仕方がないわ。
リリーは私をそっと起こすと飲み物を飲ませてくれた。
「あ、ありがとう……」
夢の中でも嬉しくてお礼を言った。
「リリー……会えて嬉しい。私……あなたに会いたかったの……」
夢でも嬉しい。
リリー……私今一人ぼっちだよ。
「リリー……本当は離れたくなかった……なんで大人になると我慢ばかりなんだろう……」フォルテナはゴホゴホと咳き込んだ。
リリーが背中をそっと撫でてくれる。
「寒い……」
私がそう言うとリリーが布団をもう一枚掛けて手を握ってくれた。フォルテナはそれを握り返すと「温かい……リリー」と呟いた。
「お嬢様……お嬢様……」
「……え……?」
フォルテナは夢うつつの中懐かしい声で目が覚めた。
辺りはすっかり暗くなっている……
その暗闇の中にいつものメイド服では無い……普段着のリリーがフォルテナの前にしゃがみこんでフォルテナを呼んでいたのだ。急いで来たのかハァハァと肩で息をしている。
「……幻覚?」
「お嬢様……幻覚ではありませんよ。旦那様から今すぐこちらに行くようにと命が……そんなことより!こんなに汗をかいて……体調がお悪いのでございますね」リリーは涙目になると慌ててバスルームに駆け込んでいる。
タオルを山のように抱えるとフォルテナの服を脱がし、身体を拭いた。
「リリーありがとう……あれ?夢?」
「お嬢様……リリーも夢のようでございます……うっ……またお会いできるなんて……」
「リリー泣かないで……」
フォルテナはリリーの背中を擦った。
その手は力が入っていなくてフォルテナの体調が悪いことが伝わってくる。
「お嬢様……お嬢様……リリーは大丈夫でございますから……ほら、横になってくださいませ。お水を飲まれますか?」
「うん」リリーに支えられて起き上がり水を飲ませてくれた。
「リリーずっといる?」
フォルテナはソファに寝転がるとリリーに聞いた。
ずっと一緒にいたかったのだ。
「今回はお嬢様の体調が戻り次第一度あちらに……でもリリーはお嬢様のお側にいたいので……あちらの旦那様に交渉してみます」
リリーはフォルテナの手をギュッと握るとそう言った。
「リリーがいなくなっちゃうなら……ずっと風邪をひいていようかな?」フォルテナは冗談交じりにそう言った。
リリーは困ったように笑うと「それは困りますよ。お嬢様」とフォルテナのおでこに冷たいタオルを乗せてくれた。
フォルテナがすっかり元気になるとリリーはフォルテナの実家の屋敷に帰ってしまった。
「え?旦那様が?」
「はい、クロードが風邪をひいたので……」
「あ……看病を……」一応妻だし……看病に行くべきなのではないかしら……?
「大丈夫です。私が行きますから」
ハーネットはキビキビと準備をすると部屋を出て行ってしまった。私はポツンと部屋に残されて「今風邪が流行っているのね……」と他人事のように言った。
なぜならフォルテナは闘病中クロードと会っていないから自分のせいではないと思っていた。
今回の風邪は長引くタイプだったのかフォルテナの密かな願いが叶ったのか一週間も寝込んでいた。
初日に会っていたとしてもフォルテナの風邪がうつったのなら二、三日前には発症しているはずだ。だから自分のせいではないと確信していた。
「でも今回の風邪は辛かったわ……」
フォルテナはカーディガンを羽織ると外を見た。
「でもそのせいでリリーに会えた……ふふ、やっぱり私ってばとてもラッキーね」フォルテナはすっかりここで餌を啄むのに慣れた小鳥がバルコニーに様子を見に来ているのをみて、可愛らしさに微笑んだ。
やっぱり結婚してよかった。
私はだんだん幸せになっているもの。
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