青と蒼

ハマジロウ

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第13章

言葉にできない予感




夏が終わり、

野球部はすでに

秋大会に向けて動き始めていた。



グラウンドには、

引退した三年生の姿はもうない。



新チームの練習を横目に、

青は一人、校舎の中へ向かっていた。



* * *



職員室。



少し開いた窓から、

外のグラウンドの声が微かに聞こえる。



担任は書類から顔を上げて、

青を見て微笑んだ。



「佐伯くん。

 進路のこと、もう少し整理できたかな?」



「……いえ。

 正直、まだよく分からなくて」



机の上には、

いくつかの封筒が並んでいる。



——大学からの、野球推薦のオファー。



担任はそれに目を落としながら言った。



「これだけ声がかかっているのは、

 正直すごいことだよ」



「……はい」



「もし推薦を選ぶなら、

 期限もあるし、

 あまり時間は残されていない」



少し間を置いて、続ける。



「もともと、S大学の教育学部を

 第一志望にしてたよね」



「はい」



「S大学は共通一次試験が五教科。

 負担は大きいけど……

 佐伯くんの成績なら、

 十分に狙えると思う」





「……」



「ただ、浪人を避けたいなら、

 野球推薦という選択肢も現実的だ」



青は視線を落とした。



グラウンドから聞こえる金属音が、

胸の奥に響く。



「……正直、

 どっちが正しいのか、分からなくて」



担任は少しだけ、声を柔らかくした。



「焦らなくていい。

 でもね、期限は待ってくれない」



「この金曜日までに、

 一度“自分の答え”を出してみよう」



「……分かりました」



立ち上がり、軽く頭を下げる。



「ありがとうございます」



職員室を出ると、

夕方の空気が、思った以上に冷たかった。



(……俺は、

 どこへ向かうんだろう)



野球か。

学問か。

それとも——。



答えはまだ見えない。



けれど、

この選択の先にある未来には、

もう“一人じゃない”という

確信だけがあった。



* * *



夜、自室にて



机に積まれた大学パンフレットを見る青



青の胸にはずっとモヤがあった。



——蒼太の球を

——蒼太のフォークを

——蒼太の全力のストレートを

——もう二度と受けられないのか?



(大学野球か…。

 でも、蒼太がいない大学で、

 俺は本当にやれるのか?)



寮の部屋で1人つぶやいた瞬間、

胸がズキッと痛んだ。



青は、いつの間にか



“蒼太の相棒でない野球”を

想像できない人間になっていた。



あいつの球がない未来なんて…考えられない。



* * *



夕方、練習が終わったグラウンド。

秋の空気は心地よく、

バットの音だけが遠く響いていた?



青はバックネット横で

岡谷──いや、蒼太を待っていた。



汗を拭きながら走ってきた蒼太は、

もう“エースの顔”だった。



だけどその目だけは一年の頃と変わらない。

青の顔見ると、ホッと緩む。







「先輩、どうしたんですか…? 

こんな時間に。」



「話したいことがあってさ。」



蒼太はタオルを首にかけたまま、

青の目の前に立つ。



「……最近、新しい捕手たち、

 僕の球を受けるのに苦戦してて。

 先輩のときみたいに合わない」



照れたように笑いながら、

少し不安そうに俺を見上げてきた。



「それで…ずっと気になってたんですけど。

 先輩、大学の野球推薦……

 受けるんですか?」



少しだけ声が震えていた。



「先輩なら絶対活躍できますよ。

 …先輩が僕以外の投手と組むの、

 想像しただけで……

 妬いちゃいますけど。」



青はゆっくり息を吐いた。



「……蒼太。俺、野球推薦、受けないよ。」



「……え?」



驚きで目が大きく開く。



「俺は高校野球で引退する。

 悔いはない。

 正捕手になれたのも、

 ここまで来れたのも──

 全部、蒼太のおかげだ。」



「でも……でも先輩はまだまだ伸びるし、

 続けられるのに……!」



「続けられるよ。…でもな。」



俺は蒼太の肩に手を置いた。



「お前以外とバッテリー組むの、

 俺には想像できないんだ。」



蒼太の呼吸が止まったみたいに、

静かになった。



「普通の大学生活ってのも悪くないしさ。

 でも……ひとつだけ、聞いてほしい。」



「……先輩?」



「蒼太。

 もし良かったら──

 俺と、一緒の大学に行かないか?」



蒼太の目が大きく揺れた。



「無理にとは言わない。

 でも俺は、お前と……

 ずっと一緒にいたい。」



沈黙。

お互いの視線が混ざり合う、、



蒼太は唇を噛み、

顔を赤くして、ゆっくりと頷いた。



「……先輩。」



目の縁が少し赤い。

それでもまっすぐ俺を見て言った。



「はい。

 待っててください。

 僕は……先輩のいるところに、

 どこへでも行きます。」



その言葉は、告白よりも深い覚悟で、

秋のグラウンドの中で静かに響いた。



* * *



数日後。

青は、野球推薦を正式に辞退し、

S大学教育学部を第一志望として

出願することを決めた。



担任は書類を確認し、静かに息を吐いた。



「……そうか。

 正直、惜しいとは思うよ。

 でも——」



青の顔を見る。



「佐伯くんが悩んで出した答えなら、

 俺は応援する」



「ありがとうございます」



「野球は終わっても、

 佐伯くんの“積み上げる力”は、

 どこに行っても武器になる」



その言葉に、青は深く頭を下げた。



校庭のイチョウの木が、

いつの間にか鮮やかな黄色に染まっていた。

風が吹くたび、葉がはらはらと舞い落ちる。



(……本当に、季節は進むんだな)



青は空を見上げて、小さく息を吐いた。



放課後の図書室。

窓際の席で、

青は黙々と参考書に向かっていた。



シャーペンの音だけが、静かに響く。



ノートには、びっしりと書き込まれた文字。

野球のノートとは違うけれど、

そこには同じ“積み重ね”があった。



夜。

部屋の明かりは、

いつもより遅くまで消えなかった。



青は机に向かい、問題集をめくる。



後ろのベッドでは、

蒼太が静かにスマホを伏せる。



蒼太は気を使って、

なるべく話しかけないようにしていた。



それが、余計に胸に沁みる。



「……蒼太」



「はい?」



「気、使いすぎ。

 同じ部屋なんだからさ」



蒼太は少し照れて、頷いた。



「……でも、邪魔したくなくて」



「一緒に頑張ってるって感じでいいんだよ」



「……はい」



* * *


練習がオフの日。

青は蒼太を連れて、

さいたま市立大宮図書館へ行っていた。



広い館内。

机に並んで座り、同じ方向を向く。



蒼太は参考書を前に、眉をひそめる。



「……やっぱり、勉強苦手です」



「最初から得意なやつなんて、いねぇよ」



「先輩、すごい集中力ですよね……」



「野球と一緒だ。

 分からない球は、何回も見るだろ?」



「……あ、それ分かりやすいです」



苦笑しながらも、蒼太はペンを持つ。



時々、眠そうに瞬きをしながらも、

それでも席を立たなかった。



(……ちゃんと、ついてきてる)



青は、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。



昼の時間になり、

青と蒼太は近くのカフェで昼食をとる


カフェの窓際。

昼下がりの光がテーブルに落ちている。



蒼太はコーヒーカップを前に、頭を抱えた。



「……先輩、もう僕、頭が爆破しそうです」



「大丈夫か?

 無理なら帰るか。寮でもできるし」



蒼太は慌てて顔を上げる。



「だ、大丈夫です!

 それに……図書館デート、憧れてたんで」



「……そうか。

 ならいいけど」



蒼太は少し照れたように笑って、

話題を変えた。



「そういえば先輩、

この前の模試どうでしたか?」



「ああ。

 なんとか、A判定だった」



「えっ……すごいです」



少し間を置いて、真剣な声になる。



「勉強も野球もできるなんて……

 本当、尊敬します」



そして、小さく息を吸って。



「……僕の自慢の彼氏です」



「……ありがとうな、蒼太」



カップを置いて、青は静かに続ける。



「蒼太は、進路どうするんだ?

 あの時は“一緒の大学に行こう”って

 言ったけど……

 本当にいいのか?」



蒼太は迷いなく頷いた。



「はい。僕は、

 あと一年野球をやりきったら

 悔いはないです」 





「……」



「それに……

 僕も、先輩と同じS大学、目指します」



一瞬、視線を落とす。



「国立なら、授業料も安いですし……」



言い訳のように付け足してから、

照れた笑い。



「僕、先輩みたいに

 将来の目標が

 はっきりしてるわけじゃないんで」



青は少しだけ、

胸に引っかかるものを覚えた。



「……そうか」



笑ってはいるが、

どこか“決意”よりも

“流れ”に身を任せているように見える。



「大学で、やりたいことはあるのか?」



「うーん……

 まだ、あんまり先のことは……」



少し考えて、思い出したように言う。



「あ、でも担任の先生に相談したら、

 教養学部を勧められました」



「教養学部?」



「はい。

 倍率も低めで、試験科目も少ないって」



さらっと続ける。



「それに、僕みたいに

 大学入ってから

 やりたいこと探すタイプには

 ちょうどいいって言われて」



「大学入ったら、バイトもしたいですし」



青は、言葉を探すように一瞬黙った。



(……“先輩と一緒だから”だけで、

 決めてないか……?)



「……蒼太」



「はい?」



「……いや。

 自分で考えてるなら、いい」



そう言いながらも、

胸の奥に小さな違和感が残った。



蒼太はそれに気づかず、

ストローをくるくる回しながら笑う。



「先輩と同じキャンパスなら、

 それだけで頑張れそうですし」



青は曖昧に微笑んだ。



「……そうだな」



窓の外では、

イチョウの葉が一枚、はらりと落ちた。



その音に紛れて、

青の胸の中に、

言葉にできない予感が静かに芽生えていた。


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